194年16日:シルフィス・ティルグの話-狼狽-

ポーラの課題は、『恋人の前から逃げない』事。
それは昨日、傍に寄る事ができるようになった事で、なんとなく克服できるような気がしてきた。
昨日は逃げなかった。最後まで一緒にいられた。
余裕がないのは自分だけじゃない事もわかって、少しだけ気楽になった。『勢い』があれば何とかなるかも、という事も知った。
後はこれから、もっと自然に近付いて、傍に寄れるようになるだけ。

大丈夫。きっと、進められる。

 

***

 

16日。
仕事も試合もないこの日、ポーラは珍しく、ティルグのあるロークス島南西に足を運んだ。
少し激しく動いただけでヨロヨロになってしまうような現状は、打開しなければならない。
スタミナをつけるだけならバスの砂浜で走ったり嘆きの崖を上ればいいだけだが、今日はなんとなく、ティルグの訓練道具を相手にしたかった。
(とりあえず、ノームス・ティルグに行って基本的なチカラをつけて…あれ?)
ティルグ前広場に着いたポーラの目の端にチラリと映ったのは、シルフィス・ティルグへと向かう恋人の後ろ姿。もちろん、後からやってきたポーラには気付いていない。
(ノームスに行くのは、ジャメルさんのトコに行ってからでも、遅くないよね?)
(…うん、ちょっと、できるかどうか試してみようかな)
そう考えると、ポーラは少しだけ速足でシルフィス・ティルグへと足を踏み入れた。

 

「ジャメルさーん」
シルフィス・ティルグの入り口で、ほんの少し前を歩くジャメルに、ポーラはおもいきって後ろから飛びついた。
勢い余って激突したみたいな感じになってしまった。背中に当たった額が痛い。
「…うわっ!」
ポーラの『攻撃』を背後からまともに喰らったジャメルは、勢いに負けて数歩前に進む。
それから振り向いて彼女の姿を確認した。
「ぽ、ポーラ?
 ここで会うなんて珍しいな」
「たまには訓練したりもするのよ。
 ジャメルさんは、いつものように、ですか?」
「ああ。明日は試合だし、調整もあるからな」
「そっか。
 …あ、そうだ試合!
 あのね、これ、持って行って」
そう言ってポーラが鞄から取り出したのは、いつもとは少しだけ違う1輪の花。
深い夜の色をした、少しだけきらめいているようにも見える花だった。
「『勇気の一輪』か」
「うん、そうなの」
「…いいのか?」
「もちろんいいのよ。
 明日、頑張ってくださいね。
 もちろん応援にも行くんですけど」
「ああ。ありがとう」
そう言いながらジャメルは、もらった『勇気の一輪』を見つめて微笑んだ。
ポーラはそれをニコニコと見上げている。
視線に気付き、ジャメルはポーラの方へと顔を向けた。
「そういえば、今日は自分から密着してきたのか」
「頑張って慣れようと思ったのよ。
 ジャメルさん、言ってたでしょ。『勢い』が必要、って。
 私も勢いがつけば行けるかもしれないと思ったのよ。
 だから試しに、どーん! と」
「いや、実際にぶつかると言ったつもりはないんだけどな…」
「ぶつかったのは弾みなのよ」
ゴツンとぶつけてしまった額をさすりながら答える。
「それでね。
 慣れる為にはやっぱり、ちょっとはおもいきった事した方がいいとも思ったのよ」
「まあ、そうかもしれないな」
「だから…」
ポーラは、そこで1度言葉を切って。
あらためてジャメルを見上げ。
それから、今まででは絶対に考えられないような事を口にした。
「チューしてほしいな」
大胆な発言に、一瞬虚をつかれたような表情で、ジャメルはポーラを見下ろした。
見下ろした先には、上目遣いで頬を染めた小さな恋人の姿。
「ダメ…?」
「…いや。いいよ」
ジャメルは軽く微笑み、そっとポーラを抱き寄せた。

 

「いや、いいんだけど…。
 お前はどうしてこう、周りの状況を考えないんだ」
軽く触れるだけのキスの後。
決まり悪げに視線を逸らしながら、ジャメルはそうつぶやいた。
「え…?」
目を開けて。
自分を見ていないジャメルを見て。
少しだけ冷静になって、ポーラは今の自分の状況を考える。
そこは、シルフィス・ティルグの入り口で。
休日の昼過ぎという事もあって、ティルグで訓練する人の流れはとどまる事無く。
つまり、現時点で辺りに全く関係のない人がたくさんいるって言うか…。
もしかして、ジャメルに告白した時と、似たような状態…?
ポーラは一気にパニックに陥った。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってまって!」
「今更何を待つって言うんだ。
 大体、待って欲しいのはこっちだ」
「な、な、な、何でこういう時は断ってくれないんですか!」
ポーラは涙目でジャメルに抗議する。
「何でオレの方が怒られないといけないんだ!」
責められて納得が行かないジャメルが応戦する。
2人の声はどんどん大きくなり、声に気付いた『その瞬間』を見た人以外も、何事かと2人の様子を伺いはじめた。
「わ、わかってたなら言ってくれればいいじゃないですか!」
「いや、それは確かにそうなんだが。
 お、オレも調子に乗ったというか…」
「ええーっ!?」
想定外の告白を受けて、ポーラは目を丸くした。まさか彼からそんな浮かれた発言が返ってくるとは思わなかった。
それ以上何を言っていいか分からず、何をしていいのかもわからず、ポーラは数度、口をぱくぱくと動かして。
「…い、いやーん!」
逃げ出した。
「ちょ!
 お、お前はそうやって逃げればいいんだろうけど、
 そういうわけに行かないオレはどうすればいいんだ…」
普段の動きからは考えられない速さで走り去るポーラの後ろ姿を見送りながら、ジャメルは一人、つぶやいた。そして辺りを見回す。
2人に注目していた回りの人々は、皆、視線をそらして自分達がしていた事に戻っている。
だけど。彼らの背中から共通して感じ取れるのは、程度の差こそあるが、他人の色恋沙汰に対する隠しようのない好奇心。
(…晒し者には、なりたくないな)
自分の行動も原因の一つとはいえ、この環境では集中できそうにない。
明日の調整は、別の時間に回す事にし、一つため息をつくと、ジャメルはその場を後にした。

 

当事者2人が去ったシルフィス・ティルグ。
この先どんな面白い事になるのかと期待していた野次馬達が、少しだけ残念そうに、今度こそ本当に元の行動に戻る中。
「…ったく。
 何やってんだか…」
ティルグの奥で訓練をしていた金髪のシルフィスの女性が1人、面白く無さそうに、そう、つぶやいた。

 

***

 

確かに、近付いても逃げなくはなった。
抱きついても、キスしてみても、平気。
困惑よりも嬉しさの方が強くなった。
きっと、彼の扉の向こう側に行く事ができたんだと、思う。
…でも。

はずかしいものははずかしい!

結局この日はノームス・ティルグに行く予定も全部放り出して逃げ出した。
彼女の戦歴、6戦4敗。

 

彼女が本当に『課題』を克服できるのは、まだまだ先。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

この時、ポーラのステータスは全て100以下。って言うか、当日のスクショは残ってないのですが、おそらく全て80前後(笑)。
移住から2年半経ってるってのに、ホントーに! ひ弱でした。

ラストの金髪さんは、リタさんです。
当時のスクショをチェックしたら、チュー直後辺りのカカシ前(史実では、ポーラは堂々とシルフィス・ティルグで訓練してます(笑))にリタさんが写ってたんですよ。
つまりあの時、同じマップ内にリタさんいたって事で…。(ブルブル)

 

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