194年9日:アクティカの古城の話-雨を眺める-

2人でいるのに、黙ったままで。
静かに時間が流れていきます。
雨のカーテンを通して見ると、知っているはずの景色も、また違った印象を受けます。
すぐ傍にできた水溜りに雨粒が落ちて、丸い波紋がいくつもできていきます。
ふと思い立って後ろを振り向くと、古城の中が見えました。
古い遺跡ですけど、内部は比較的きちんと整備されています。
いつ誰が来ても、すぐに利用できるように。
上階へと上がる階段もあるみたい。上の階には、大きな扉も見える。
…扉の先には、何があるんだろう。
「…ここ、入ってもいいんですね」
私の様子に気付いたジャメルさんが、奥に視線を走らせる。
「ああ。その気になれば住む事もできる」
「え、ここに?」
「1番奥は、問題なく生活ができるように整えられているはずだ」
「…そう言えば、入国した時にそんな事言われた気がします…」
入国した日、このナルル王国の事を知りたくて、ガイドをお願いしました。
その時に、大まかにではあるけれどこの城についての説明も聞いてました。…すっかり忘れちゃってましたけど。
「そっか…あの奥は『家』なんですね…」
「…住んでみたいか?」
「え?」
思ってもいなかった事を言われた気がして見上げると、ジャメルさんはいつもと変わらない表情で私を見下ろしていました。これは多分、単なる世間話。
せっかくなので少しだけ、この城に住む自分を想像してみる。
そして首を横に振りました。
「ちょっと…住むには、広すぎますね」
「まあ…そうだろうな」
「それに、普段から周りに誰もいなくて、寂しそう。
 周りも寂しいのに、家に入っても広くて寂しいとか、
 あんまり嬉しい環境じゃないですねぇ」
それは私の正直な感想でした。
お城に暮らすお姫様に憧れる事もなく、迎えに来てくれる王子様を夢見た事もない。
そんな自分には、この大きなお城はあまり魅力的には見えませんでした。
「静かなのは、悪くないとは思うんだけどな…」
「もちろん、静かなのも好きです。
 誰もいない場所で、周りの音に耳を傾けると、シアワセな気分にもなるのよ。
 優しく降る雨の音とか、夜の帳の中の風の音とか。
 遠くから聞こえてくる波の音。鳥のさえずり。
 そういうのは、静かな方が聴きやすいです。浸れます。
 …でも、やっぱり限度もあると思うのよ」
静寂は、たまにあるからいい。
移住直後に暮らしたあの家のように、いつも静かなのは…すごく寂しい。
「…ジャメルさんは? いつか、ここに住んでみたいですか?」
今度は私が聞いてみました。
「そうだな…」
ジャメルさんはちらりと私を見て、しばらく考えているようでした。そして、
「…いや、そんな気にはならない。
 オレにもあまり、魅力的に思えないな」
似たような答えが返ってきました。
「ジャメルさんもそうですか」
「城に住んでいる、それはすごい事だろうけど、
 自分の外側を変えても、自分が変わるわけじゃない。
 そんな事に意味があるとは思えない」
「自分がここをどう思うか、って言うよりも、
 ここと関わったら自分がどう変わるか、が問題みたいですね。
 で、変わりそうにないから『魅力がない』と」
「ああ。
 どんな場所でも、どんな形態でも、家は家。
 多少の違いはあるだろうけど、住居である事に変わりは無いからな」
でも、同じように古城に興味がなくても、その理由はまるで違っていました。
「ふーん…なんだか不思議な理由ですねぇ…」
古城の壁にもたれかかり、空を見上げると、まだまだ降り注ぐ恵みの雨。
雨を見ながらふと思う。
「ここに住んだら、ロークの畑も遠くなっちゃいますよねぇ…」
そう言ったら苦笑されました。
「結局それか。本当にワーカホリックだな…」
「だって、エルグで働くのも楽しいんですもの」
「オレにはそれがわからないんだよな…」
「ジャメルさんは仕事よりも武術、ですからね」
「だからこそ、オレはティルグに所属してるんだけどな」
そう言いながら、ジャメルさんも隣にやってきて、壁にもたれかかる。
私たち2人が身を預けたくらいでは、揺るぎもしない、大きな城。
「…住む気はないですけど。
 ここに引越しって、やっぱり普通の家への引越しよりもお高いですよね…」
「ああ。普通に生活しているだけだと、そんなに簡単に手にできる金額じゃない」
「ですよね。こんな大きなお城、ラクに手に入るわけないですし」
「でも、すぐにでも城に住める方法もある」
無理だという話で普通に進んでいくと思っていたのに、いきなり真逆の話をされてビックリしました。
「…えっ? ど、どうやって?」
「DD杯で優勝する事だ。
 そうすれば、優勝賞金ですぐにでも引っ越す事ができる。
 賞金は50万ペカ。ちょうどここへの引越し資金になる」
さらっと返ってきた答えも、その結果手にする金額も途方もないものでした。
「ごじゅうまん…」
なんだか実感のわかない金額です。その10分の1すら手にした事ありません。
これ以外にこんな大金を稼ぐ方法って、あるんでしょうか。
つまりここは、DD杯優勝者専用のお城…?
「…どうした?」
ポカーンとしていると、不審に思ったのか、ジャメルさんが声をかけてきました。
慌てて話に戻ります。
「い、いえ、なんか想像つかない大金だったんで、ボーゼンとして…。
 えっと、DD杯って、確か…」
「来年だな。国中から選ばれた数名が強さを競い合う。
 最後まで勝ちあがった者が、真実の洞窟の奥に住まう龍、バグウェルと対戦する事ができる。
 バグウェルに勝てば優勝だ」
「人が、龍に…?」
「ティルグ員の目標の一つでもあるな」
それは、武術に興味のない私にとっては、未知の世界。
普段はあまり話さないジャメルさんが、今日はいつもより饒舌で。
いつもどおりの生活をしているだけでは、知る事もなかった世界の一端を見せられている気がして、なんだか楽しくなってきました。
多分私、今、すごくニコニコしてる。
「ティルグの方の目指す場所って…何処なんですか?」
「人によって色々ある。
 単にティルグの一員になりたいだけの者。
 騎士を目指す者。
 いつかは騎将になる事を目指す者。
 最強騎士決定戦やDD杯で優勝して、名声や賞金が欲しい者。
 特に目標を定めず、ひたすらに強くなりたい者…オレはこれだな」
「ジャメルさんは、色々と狙ってないんですか」
「…そりゃ例えば、この先鍛えていく過程で何らかの試合で優勝したりすれば嬉しい。
 でも、オレにとってそれは、副次的な物でしかない。
 自分が納得できるまで強くなれれば、それでいい。
 誰かにそれをわざわざ誇示する気もない。
 後、騎将の立場に興味がないわけでもない。
 自分で戦う事はなくなるけれど、今度は自分だけでなく全体の戦力を見て
 どうしたら上手く試合を運べるかを考えるのも、なかなか面白そうだ」
「ジャメルさんが目指す場所は、『自分自身の理想』なんですね」
「そうだな。
 誰かと比べる事で上になりたいと思っているわけじゃない。
 だからって、明らかに下になるのは面白くないけどな。
 …どうした? 妙に機嫌が良さそうだけど」
あ、ずっと見ていた私にようやく気付いた。
前を向いて、目の前の景色じゃない『何か』を見てるみたいだったのに。
きっと見てたのは、まだ来ていない『未来』。いつか辿りつきたい『夢』の欠片。
私は笑顔のままで、そっと首を横に振りました。
「ううん。なんでもないです。
 でも今、ジャメルさんの話をたくさん聞いて、
 ホントに武術ダイスキなのはわかったのよ」
「…悪かったな、今日はオレばかり話している気がする」
「え、何が悪いの?
 いいじゃないですか。私、もっと聞きたいなぁ」
「…」
あれ、意外そうな顔をされた。そんなにおかしいかな、『聞きたい』って事。
でもホントだから、ちゃんと言っておかなきゃいけない気がする。
「こういう話をしている時のジャメルさんは、すっごく楽しそうなのよ。
 私今まで、聞くよりも話す事の方が多かったですし、なんだか新鮮です。
 それに、私の知らない楽しそうな話は、聞くだけでも一緒に楽しくなれるのよ。
 …だから、もっと話してください。たくさん教えてください」
「そ、そうか?」
「私、今までティルグの方の試合とかって、ほとんど見なかったんですけど。
 今日、色々聞いてみて。試合も見てみたいな、って気になりました」
今まで、試合なんていつ何処で誰が参加しているのかすらも知らなかった。
立ち寄った時にやっていたら、チラッと見てみる程度。
でも、こんなに一生懸命な人の試合なら、見てみたい気がします。
そしてきっと、その試合は見ていて面白いと思うんです。
「…それなら、もうすぐオレの試合があるから、見に来るか?」
「えっホント? いつ、何処でやるんですか?」
「13日の午後から連日、国立競技場でだよ。
 ティルグリーグだから、3人1組での対戦になるけど、
 オレは軽騎士だ、最初から出る」
「…そうでした。ジャメルさん今年から騎士隊に所属してるんですよね。
 13日の午後ですね。忘れずに行きますよ!」
観戦のチャンスは意外と早く来るみたい。
いつもなら仕事でエルグにいる時間だけど、そういう事なら抜け出して、応援に行ってみる事にします。
なんだか、今から楽しみです。
「そうか。
 見に来てもらえるのなら、張り合いも出るな。
 だからって訳じゃないけど、絶対勝つ」
しかも、静かにだけど心強い意気込みまで聞いてしまいました。
これはもう、盛り上がるしかないですよね。
「あっ、何かそれっぽい!
 もちろん全力で応援しちゃうのよ!」
「それっぽいって…。
 いや、応援は嬉しいけど、程々にな…」
「はーい」
返事は笑顔で、元気良く。
ちょっと呆れられて、それからたしなめられちゃいましたけど。
ジャメルさんも軽く笑い返してくれました。
今まで体験した事のないモノに触れられるのは、それだけでも嬉しいです。
後4日。
その日が来るのが、今から楽しみです。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

ポーラは昔から、「パパとママといっしょにいることがシアワセー♪」な娘でした。
みんな一緒に城暮らし…なら、望んだかもしれないんですけどね。
そういう意味では『ジャメルさんと一緒に城暮らし』だって、望んでもいいと思うのですが、この当時はポーラ、ジャメルさんに対してそこまで考えてません。
辻デート以降なら、「一緒になら住みたいな♪」とかさらっと言ったかもしれません(笑)。って言うか、「一緒にいるなら何処でもいいのよ」が正しいか。
で、ジャメルさんも普通に了承してくれそうなんですけどね。(辻以降は基本バカップルだと思うこの2人)

ポーラ移住直後の家は、シンザー区1-2だったのですが。
当時、シンザー区1には、ポーラ以外に誰も住んでなかったんですよねぇ…。
2年後にメイビ区5に強制引越しさせられて、周りのにぎやかさ(全部の家が埋まってた)に中の人も仰天しました(笑)。

後、ジャメルさんがティルグ員だってネタは今までも服とかの描写では出してましたけど、実際に試合に出てるとかの情報自体は希薄だったので、ちょっと語ってもらいました。
いつかは書かないといけない試合描写。…うん、多分無理(笑)。どうやってごまかそうか、としか考えてません(笑)。

 

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