194年6日:メイビ区3の話-おやくそく-

ジャメルには最近、新しい恋人ができた。
彼女は、一昨年このナルル王国にやってきた移住者だ。
彼自身と誕生日まで一緒という全く同じ年齢で、同じ日に生まれたとは思えないほどに何もかも小さい。
武術に関してはからっきしだが、その小さな体でくるくるとよく働く。
若いながらにエルグで上位の成績をたたき出し、去年はエルグ長にも選ばれた。
常に周りに気を配り、いつもニコニコと笑顔で、誰に対しても愛想が良い。
子供の頃からこの国で暮らしているジャメルよりも余程友人知人の類が多く、今では国内の人気ランキングトップに名が載るほどの娘。
交友関係は広い割に男女関係に関しては身持ちが硬く、複数の相手を同時進行…などという事は断じてしない。
基本を抑えた、魅力的な娘。
傍にいるのに何の問題も無さそうな娘。
そんな彼女…ポーラ・スターは今、全力で彼…ジャメル・トーンに向き合おうとしている。

それが少し、重荷でもある。

 

194年5日。
この日もジャメルはいつもの時間に目を覚まし、身支度を整える。
無造作に髪をかき上げ、眼鏡をかけて、ティルグ印の証でもある帽子とコートを身につける。
日々の日課になっているリタの家に顔を出し、いつものやりとりを交わす。
その後、いつものように1度家に戻る途中、不意に横から声をかけられた。
「…あっ、ジャメルさんだ!」
声の方を見ると、昨日新しく恋人関係を結んだ女性(見た目はどう贔屓目に見ても『成人したばかりの少女』だ)が、メイビ区5丁目方面からニコニコと歩いてくるところだった。
「…ああ、ポーラか」
やってくる彼女をその場で待つ。
いつもどおり、ポーラは気の抜ける笑顔を周りに振りまきながらジャメルの近くまで近づいてきた。
朝の光の下の彼女は、昨日までと変化があるようには見えない。昨日の夜『人前でやらかした』事については、それ程精神的ダメージとしては残っていないらしい。
「おはようございまーす!」
「おはよう」
「いつもこの時間に行動してるんですか?」
「大体そんな感じだな。
 …お前もそうなのか?」
「ううん、今日はちょっと遅くなっちゃいました。
 いつもはもう少し早いのよ。
 …でも、おかげで朝から会えましたね」
「そうか」
ポーラの笑顔につられて、ジャメルも軽く微笑んだ。
それを見て、ポーラはますます嬉しそうに笑う。
「って事で!」
「どういう事だよ」
「細かいツッコミはナシなのよ。
 …ハイ! コレ貰ってくださいね!」
と、押し付けられたのはポワンの花。
勢いと、その笑顔に押されて、また受け取ってしまう。
「あ、ああ…。
 うれしいよ、ありがとう」
「ウフフ、喜んでもらえてよかったのよ。
 …あ、それじゃあ、私そろそろ仕事に行きますね!」
ほんのり赤い顔のポーラは、そう言って彼の元から走っていった。
メイビ区前通りの端で1度振り返り、ジャメルに向かってヒラヒラと手を振る。
そして朝の光の中へと消えていった。

「…花か…」
受け取ったものを見ながら、つぶやく。
昨日の夜ももらったポワンの花。
正直、花に興味はないのだが、もらったのには違いない。
家に置いておく分には、特に邪魔にもならないだろう。
「まあ、どうせ1度帰るつもりだったしな」
自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ジャメルはその場を後にする。
そして予定通りに家に戻り、その『もらった花』を棚にしまいこんだ。
棚の中には、黄色い花2輪。柔らかな『光』。
食材と訓練用具だけを入れていた殺風景な棚の中が、少し明るくなってきている気がした。

 

194年6日。
この日もジャメルはいつもの時間に目を覚まし、身支度を整える。
無造作に髪をかき上げ、眼鏡をかけて、ティルグ印の証でもある帽子とコートを身につける。
日々の日課になっているリタの家に顔を出すために家の外に出ると…家の前にポーラがいた。
「うわっ!」
「ふわっ!?
 い、いきなりそんな大きな声を出さないでくださいよ! あービックリした」
ジャメルはポーラの存在に、ポーラはジャメルの発した声に驚いた。
「驚いたのはこっちだ。
 自分の家を出たらいきなり誰かいるとか、驚かないはずがないだろ」
「…あ、確かにそうですよね。ごめんなさい」
「いや、真面目に謝られても…。
 で、どうしたんだ朝から」
驚きと、少しの困惑が治まらないままに聞く。
ポーラはいつもの気の抜けるような笑顔を取り戻し、ジャメルを見上げた。
「今日は昨日よりもちょっと早いから、
 メイビ区前通りでジャメルさん見られなかったんですもの。
 で、もしかしたらまだ家にいるのかなぁ、って思って、
 ちょっと寄ってみたんです」
ちょうど出かけるところだったんですね、と、また笑う。
「そうか」
ポーラの行動は、ジャメルが毎日リタに挨拶に行くのと同じ事。
行動の意味を考えると、少しだけ気恥ずかしい。
…ふと、ジャメルは考えた。
彼女と付き合い始めて2日。
まだ2日、と言えばそれまでだが、全く何もしないのもおかしい気がした。
「…まぁ、せっかく会ったんだしな。
 明日、どこかへ行くか?」
何の気なしに誘ってみると、彼が思っていた以上の好反応が返ってきた。
「えっ、ホント?
 ウフフ、なんだかすごく嬉しいのよ」
年齢不相応の幼い顔に満面の笑みをたたえ、まっすぐに見上げてきた。
どうも、彼女の笑顔にはつられてしまう。引きずられるように彼も微笑む。
「あ…それでね、コレもらってくれますか…?」
ハイ! とポーラから差し出されたのは、やはり花。
道に咲いているのをよく見かける、白く、丸みを帯びた、小さな花。…レムの花とか言ったか。
勢いと、その笑顔に押されて、やっぱり受け取ってしまう。
「あ…ありがとう。
 だけど、別にそんなに花をくれなくてもいいんだが」
「あれ、迷惑でした?」
「いや、そうじゃない。
 ただ、連日もらい続けるってのも気が引けると言うか…」
「ご迷惑でないのなら、気にしないでもらっておいてください。
 なんて言うか、私が、あげたいんですよ。
 プレゼントすると、私が嬉しいのよ」
いつもどおり、気の抜ける笑顔のまま、彼女は持論を展開する。
「プレゼントは、もらう側も嬉しいのかもしれないんですけど、
 贈る側だって嬉しいのよ。
 『何を贈ろうかなぁ』とか『受け取ってもらえるかなぁ』とか
 『喜んでもらえるといいなぁ』とか。
 プレゼントの事を考えている時は、
 同時に、プレゼントを贈る相手の事を考えているんです。
 それはとても、楽しい時間なのよ」
「そうか…」
ジャメルは受け取った花を見る。
彼女の発言を信じるのなら、単に無造作に摘んで持ってきたわけではないようだ。
花の咲いている場所は、ここから一番近い場所でもメイビ通りに出ないといけない。
ジャメルの家を基準とすると、ポーラの家とは逆方向になる。来る途中で調達する事はできない。
今朝、ポーラが家から直接会いに来たのなら、それは前日のうちに準備していたと言う事になる。
(贈る相手の事を考えて、か)
「え、えっと…」
ジャメルが黙ってもらった花を眺めていると、少し慌てた様子でポーラがそう切り出した。
声に反応してポーラを見ると、そこにはまた、ほんの少しだけ赤面した彼女がいた。
「…どうした?」
「そ、そんなに見ないでくださいよ…」
「別にお前を見ているわけじゃないだろ」
「それはそうなんですけど…。
 やっぱり、ちょっと恥ずかしいです…」
「そんなもんか…?」
「そんなもんなんです」
ジャメルには理解できないその微妙な羞恥心。
特に見続けたいわけでもなかったので、そのまま花を見るのは止めにした。
「…あ、いつまでもここにいたらお邪魔ですよね。
 そ、それじゃあ明日、王宮前通りで!」
まだ少し赤い顔のポーラは、そう言って彼の元から走っていった。
メイビ区前通りへと出て、そのまま家に戻らず出かけるらしい彼女の後ろ姿を、ジャメルは黙って見送った。

1人になったところで、ジャメルはあらためて手の花を見た。
彼の新しい恋人は、どうやら自分の気持ちを表現するのに物を多用するらしい。
これで連続で3日、花をもらい続けている。
今まで、恋人に限らず、他の誰かから何かをもらい続けると言う事がなかったジャメルにとって、彼女の行動はある意味新鮮なものでもあった。
(…まあ、確かに悪い気はしないしな)
もらった花を持ったまま、彼はいつものようにリタに会うため、歩き出した。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

この男、本命彼女に会いに行くのに、直前に別の彼女からもらった花を持っていってます(笑)。
家出た直後に渡すと、それ持ったまま行動するんですよねぇ。
ゲームプログラミング的には間違ってない行動なんでしょうが…なんてヤツだ。
まぁ『誰から』もらったのかはアイテム見ただけじゃ判らないんで、深く考える必要は無いと思うんですが。

 

この頃の2人はまだほとんど盛り上がってないので、相手に対しての行動もユルユルです。
全然甘くないよ。ホント甘くないよ。
双方、絶賛『おためし』中ですからねぇ。

 

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