194年9日:アクティカの古城の話-雨が上がる-

「…こういう話になったのも、
 遊びに来た時に雨が降って、ここで2人で雨宿りをする事になったからなんですよね」
今なら、雨が好きな理由を私なりに説明できるのかもしれない。
ジャメルさんから視線を離し、外の景色に眼を向けと、雨はだいぶ弱くなってきていました。
「雨は濡れると大変ですけど、代わりに普段とは違う事を教えてくれる。見せてくれる。
 雨は私にとって『いつもとは違う異世界への扉』なんです。
 今回みたいに、ね」
「異世界への、か。なんだか大げさな表現だな」
「楽しい事に対しては、これくらいドーンと表現した方がいいんですよ」
そう言いながらジャメルさんを見ると、なんだかやっぱりよくわからないような顔をしていました。
やっぱり、自分の感覚を説明するのは、少し難しいです。
どんなに言葉を重ねても、思ったとおりに受け取ってはもらえません。仕方ないんですけど。
「今日の話の流れなら、別に雨が降らなくても到達した気がするけどな」
「まぁ今日の話は、あんまり雨は関係なかったですけどね。
 でも、ホントにそうなったかはわからないですし。
 雨が降っている時に楽しい事が起きたんだから、
 雨のおかげって事にしておくと、それも楽しくなるのよ」
「じゃあ、晴れた日に楽しかった時はどうなるんだ」
「晴れた日は、晴れてたから楽しいのよ。
 もちろん、雪が降ってたならそれもいいのよ」
「結局なんでもいいんじゃないか」
「何でもいいんですけど、みんなそれぞれ違うんですよ」
「…よくわからない感覚だな…。
 何でもいいなら、どうでもいいんじゃないのか…?」
…難しい顔で考え込まれてしまいました。
やっぱり、わかってもらえるような説明はできませんでした。
それでも、わかってくれる努力をしてくれたのが見えただけでも、ちょっと嬉しいです。
「そんなに真剣に考えなくてもいいんですよ。
 私は単に、せっかくならあれもこれも楽しみたいだけなんです。
 だから、それ以上の深い意味はないのよ」
軽く笑顔を向けた後、また視線は外へ。
「だから私は、雨も好きなの。
 もちろん、あんまり酷すぎて身動きが取れなくなっちゃうのは困りますけどね。
 …あれ、もしかして、止んだ…?」
気が付くと、弱くなっていた雨は上がっていました。
弱くですけど雲間から光も差し込んできています。
楽しかった雨宿りの時間も、これで終わり。
「…みたいだな。
 結構いい時間だし、そろそろ帰るか」
「そうですね。
 結局雨宿りだけで終わっちゃいましたけど。
 でも楽しかったのよ」
ずっと立っていただけだったので、少しだけ疲れちゃいました。
軽く伸びをして、体をほぐして。
来た時のように2人で歩き出しました。
先を行くジャメルさんを追いかけるように、後から付いていきます。
「…なんか、古城を見に来たって言うよりも
 古城からの景色を見ていた時間の方が長かったですね」
「まあ、あまり見る機会の無い物だからいいだろ」
「ですよね…あっ!」
足元にあった水溜りを避けようとしてバランスを崩した私を、前にいたジャメルさんが支えてくれた。
「うわっ、気をつけろこんなところで!
 …お前は本当に危なっかしいな」
「ご、ごめんなさい…」
確かに、ここで倒れてたら、階段を下まで落ちてた可能性もあります。そうなったら、無傷じゃすまなかったですよね…。
助けてもらって、ホントによかった。
ジャメルさんはそんな私を見て、軽くため息をついた。そして。
「まあ、今更言っても仕方ない事なんだろうけどな…。
 …ほら」
「…え?」
私の前に差し出された、ジャメルさんの右手。
あれ、これ、どういう事?
「放っておいて、転がり落ちられるのは困る。
 い、いいから、手を出せ」
そう言ったジャメルさん。
私よりも先に少し下りていた分だけ、いつもよりも顔が低かったから。近かったから。
なんとなくだけど、ジャメルさんが赤くなっているのがわかってしまった。
普段は、ほとんど表情を変えないような人なのに。
ただ単に、初めて会った時のように助けてくれるだけなら、こんな風にはならないわけで。
それはつまり、それだけじゃないって事で。
私と一緒にいて、少しでもココロが動いてるって事で…。

あれ?
あれ?
あれれ?

おかしいな。
私、何でこんなに嬉しいのかなぁ。

もしかして、今日はずっとこうだったのかな。
遠かったから、わからなかっただけなのかな。
そういう事だから、今日は出かける時とかも待っててくれたりしたのかな。
さっき倒れかけた時も、見ててくれたからすぐ支えてもらえたのかな。
そう考えたらなんだか、いきなり恥ずかしくなった。
どうしよう。
何か私、不自然なくらい赤い気がする。
って言うか、この後、どうしたらいいの…?
「…ポーラ?」
「は、はいぃ?」
いきなり呼ばれて、思わず声が裏返ってしまいました。
恐る恐る見上げると、そこには少しだけ不思議そうな顔のジャメルさん。
上がってきたので、また顔が遠くなって、眼鏡の奥の目も見えない。
どんな風にこっちを見てるのかも、良くわからない。
…それで少し、落ち着いた。
「何だその反応。
 それに、いつまでもここにいるつもりか?」
「…そ、そんな事無いのよ」
「ならいいけどな」
その間も差し出されたままの手を、思いきって取る。
ひんやりした、そして少し硬い大きな手が、私の左手を包む。
せっかく少し落ち着いたのに、また恥ずかしくなってきちゃいました。
そんな私の事なんて気付かないようなジャメルさんと、並んで一緒に階段を下りる。
「ほら、気をつけて下りろ。
 転びそうになったら頼っていいから」
「そ、そそそんなに頻繁には転びませんよ!」
「どうだか。
 直前のを考えると、説得力ないな」
「う…そうかもしれませんけど…」
私の事を見もしないで、いつもの表情で横を歩いている。
…ホントにいつもどおりなのかは、わからないけど。
見上げていたら足を踏み外しそうになって、思わず腕にしがみついてしまいました。
「ひゃ!」
「…ほら見ろ」
もう、反論もできません。
私が身を預けたくらいでは、揺るぎもしない、大きな人。
恥ずかしかったけど、手をつないでいるだけですごく安心もしました。
早く終わってほしいような、それでいていつまでも続いてほしいようなそんな時間は、階段が終わるまで続きました。

「もう大丈夫だろ」
「うん…」
でも、あれ? …何で離してくれないんですか?
「え、えっと、えっと…。
 も、もうホントに大丈夫ですよ?」
「何がだ」
「あの…手…」
「…嫌か?」
「え、ええーっ!?」
これだけ言うのも精一杯だったのに、そんな事聞かれるとは思わなくて、思わず大きな声を出してしまいました。
「えっと、イヤ…じゃないのよ。全然ないのよ。
 でも、あの、そういう意味じゃなくて…」
「そうか、それがわかればいい」
そう言われて、あっさり離された左手。
「あ…」
「何だ?」
「な、なんでもないです」
つないでいる間はあんなに恥ずかしかったのに、離されたら、今度はなんだか寂しくなりました。
…って言うか、どうしてそんなに余裕そうに見えるんですかジャメルさん。
なんだかフクザツな顔で見ていたら、私の視線に気付いたみたい。
いつもの高さから見下ろされたんですけど、あれ、なんだかちょっと、笑ってる…?
「…なんでもないようには見えないな。
 不満でもあるのか」
「べべ別に無いですよ」
「もしかして、離さない方がよかったか?」
「ちょ…なんて事言うんですか!」
いきなりそんな事言われたから、慌てて変な反応しちゃったじゃないですか。
ああほらもう、また私、すごく赤くなってる。
「離してよかったんだな」
「もももちろんですよ!」
「じゃあ、もうしない方がいいのか」
「そ、それは…」
「どうする?」
「そ、そういうの、ずるいですよ!」
お、面白がられてる。絶対楽しんでますよねジャメルさん。
だってなんだか、決して目立たないけど、ちょっと見ただけでもわかるいい笑顔!
珍しくて貴重ですけど、理由がコレだと素直に楽しめないじゃないですか!
「お前のさっきの言い分だと、
 雨が降った後にこの階段を下りたからこういう展開になったのか」
「そ、そうなりますよね」
「で、それはいい事だ、と」
「いい事、って言うか…」
「こうなったから、雨が好きだって事なんだな」
「そんなピンポイントな理由じゃないですってばぁ!」
「そんなにジタバタしなくてもいいだろ。
 まあ、これ位なら、この先いくらでもしてやるから」
「ちょ…!」
い、い、いくらでもとか、ホントなんて事言うんですか!
無理。もう無理。無理無理無理!
逃げたい! この状況から、全力で逃げ出したい!
で、でも一応今はデート中だし…いきなり逃げるのは、だ、ダメかな…でもでも!
じりじりと後ずさりながら自分の中で葛藤する。
「そ、そ、そ、そういう事言うの、きんしですー!」
「何でだよ」
「はは恥ずかしいじゃないですか!」
「自分は平気で恥ずかしい事を口にするのに、こういうのは駄目なのか」
「言うのとするのは違うんですよ!」
「オレだって言っただけじゃないか。
 それに、恥ずかしいのは結局一緒だろ」
「そうだけど、何か違うのー!
 …や、やっぱり無理ー! いやーん!」
「お、おい!」
ジャメルさんが何か言ってるみたいでしたけど、無理。聞き返すのとか、絶対無理!
振り返る事もできずに、古城前から逃げちゃいました…。ごめんなさい…。

 

確かにずっと「付き合ってほしい」って言われてたけど、それは興味があったからってだけで。
実際にどう思われてるのかとか、あんまりわかってなかった。

本当は。
私自身がどう思っているのかすら、アヤフヤだった。

この、良くわからない感情は『恋』なのかなぁ。

初めて会った時に助けてもらった手と同じものなのに、今日は触れられていただけでなんだか嬉しかった。
前に『おためしで』つながれた時とも、なんだか違う。
この前助け起こしてもらった時とも、やっぱり違う。
そう言えば、前回のデートでは、初めて、すごく楽しそうに笑っているのを見ました。理由がビミョウですけど、後で思い返すと、起きた事自体は楽しかった。
今日はまた、今までほとんど聞いた事の無かった武術についての話も聞けて、すごく楽しかった。
私が話す事を聞いてくれて、きちんと反応を返してくれる事だけで、楽しかった。
最後は『私が楽しまれてる』感じになってましたけど。それでも、私も楽しかった。
一緒にいると、それだけで楽しかった。嬉しくなった。

見ているだけではわからない。接してみなければわからない。
それはもちろん、ジャメルさんに対してもそうでした。
今までそれなりにお話はしてきたけれど、やっぱりそれだけではこんな事わからなかった。
その理由が何なのかは、はっきりとはわからないけれど、他の誰と一緒にいる時とも、なんだか違う。
よくわからないけど、それでもあの日よりも、昨日よりも、確実に気になっていく。
もっと知りたい。…あの人の事を。
そして、もっと知ってほしい。…私の事を。

 

だから。
この、良くわからない感情は『恋』なのかもしれない。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

…えへ、ポーラってば、タオル回収し忘れてますよ。また忘れ物ですよ。(そこかい)

ナルル年齢8歳(=実年齢24歳程度)でこれって、いくらなんでも幼すぎだろ、と言うツッコミが入りそうな気もしますが、そこは全力でスルーさせていただきます(笑)。
ジャメルさん視点の時に時々出てきた『いっぱいいっぱいのポーラ』を、その『いっぱいいっぱい側』から書くとこんな感じになります。
直接のスキンシップ耐性の無い娘のテンパリぶり…って言うかウザさ(笑)がわかっていただけたなら幸いでございます。

 

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