194年25日:帰りの話 -受け入れる覚悟-

夜も更けてきた。
秋も深まるこの時期、こんな時間に吹く風は、少し冷たい。
「…はぁ…」
ジャメルの腕の中で、ポーラは全身で息をついた。
気配に気付いて、ジャメルは少し、腕の力を抜いた。
「落ち着いたか」
「ハイ…」
「そうか。
 …お前が泣くの、初めて見たな」
「この国に来てから、1度も泣いてませんでしたから。
 …でも…」
「なんだ」
「嬉しくても、涙って、出るものなんですね」
「知らなかったのか」
「ワリと…」
「…」
「…」
2人の間に沈黙が訪れた。
直前の出来事もあり、相当気まずい。
普段から言葉少なめなジャメルだけでなく、ポーラすらも、どうしたらいいのかわからず、ただ腕の中で居心地悪そうにモジモジ身を動かしている。
その沈黙を破ったのは、珍しくジャメルの方だった。
「…なあ。
 こういう姿を見せるのも、『とくべつ』か?」
「た、多分」
「そうか…」
「…」
「いきなり泣かれて、正直困った」
「ごめんなさい…。
 でも、ジャメルさんが先に、いきなり心配事をぶつけてくるから引きずられて…」
「おい、それもオレのせいか」
「だって…私自身もビックリしましたし」
「まあいい。
 いずれにしても、何らかの形でいつかは詰めないといけなかった事だろう。
 思っていた事を伝えられたのは、よかったな」
「うん…。
 ねぇ、ジャメルさん」
少しだけ体を離すようにして、ポーラは下からジャメルを見上げた。
その目はまだ少し赤かったが、いつものポーラだ。いつもの笑顔だ。
その顔を見て、ジャメルは心の底から安堵した。
そうだ、自分が見たかったのは、やっぱりこの笑顔だ。
自分しか知らないとか、誰もが知っているとか、関係ないものだ。
「なんだ?」
「私達、シアワセに、なろうね? なれるよね?」
「ああ、聞くまでもないな」
答えつつ、ジャメルはまた、ポーラを自分の下に引き寄せた。
左手をポーラの顎にかけて、軽く背中を丸める。
一瞬だけ戸惑ったポーラも、ジャメルにつかまりながらぎこちなく背伸び。そしてそっと目を閉じた。

 

「…やっぱり私、見上げる方がいいな」
唇を離し、小さなため息の後でポーラがつぶやいた。
ほんの少し赤くなっている恋人を見下ろしながら、ジャメルもつぶやく。
「…オレもそう思う」
そうして2人、弾けるように笑い出した。
「ウフフ!」
「ハハッ!」
もう1度、きゅっと抱きついてきたポーラが、ジャメルの胸元で小さなくしゃみをした。
それをきっかけとするように、ジャメルの方も軽い寒気を感じた。どうやらアルコールが抜け始めたらしい。
「…さすがに、寒くなってきたな」
「…うん。
 そ、そろそろ帰りましょうか」
「…そうだな…」
そう言いながらも、2人ともすぐには動かなかった。動けなかった。
だが、それでも。名残りを惜しむかのようにそっと離れた。

 

ポーラはベンチに戻り、置いてあった包みを手に取る。
それはやはり、当初の温かさを失い冷え切ってしまっていた。
「…あぁ…ごはん…」
その、あまりに切なそうなつぶやきにジャメルは噴出した。
「あっ、ヒドイ!
 ジャメルさんはさっき何か食べてましたけど、私まだなんですよ!
 あったかいご飯…」
「それなら歌ってないで早く帰ればよかったんじゃないのか」
「そ、それはそうなんですけどね。
 …はぁ。仕方ないかぁ。
 ごめんなさいメアリーさん。でも冷たくっても美味しくいただくのよ」
作ってくれた酒場のマスターに謝罪をしつつ、不満げな顔で包みをきちんと持ち直す。
ホカホカスープを追加で作ろうかなぁ…などとつぶやきながら、ポーラはジャメルの元へと走り寄った。
「じゃ、そろそろ帰りましょう!
 メイビ区前通りまで、一緒に、ね!」
「ああ」
「せっかくだから、手を繋いで」
「ああ…え?」
「…ダメ?」
思いがけない申し出に固まるが、上目遣いで見上げてくる無邪気な恋人を見ると思う。
こんな要求を断れる男なんて、いるのだろうか、と。
「いや、ダメじゃない」
左手を差し出す。
右手で握り返す。
そのまま2人、横に並んでゆっくりと歩き出した。
並んで座った時にあった隙間は、今はもうなくなっていた。

 

秋の夜。
人通りのまるでない洞窟前通りを、2人で並んで歩く。
2人の家のあるメイビ区までは、もう少し。
「寒く、ないか?」
「大丈夫です。
 …手を繋いでると、それだけでもあったかいですよね」
そう言ってポーラは、ジャメルを見上げてふにゃんと笑う。
その顔を見ていると、なんだか妙に心がざわめく。
繋がれた手からダイレクトに伝わってくる、彼女の体温。
何故だか今日は、それが、いつも以上に温かい。
この手を離したくない気がする。
なんだか説明できない妙な気分になって、視線をそらしつつ、ジャメルは話題を強引に変えた。
「…そういえば。
 ポーラ、酒場でマスターが言っていた『アレ』って、何の事だ?」
その瞬間、同じ速さで歩いていたポーラがピタリと止まった。
繋いだ左手を引っ張られる形で、ジャメルの歩みも止まる。
左手に感じる感触が微妙に変わった。
先ほどまでやわらかく繋がれていたその手が、微妙に緊張している。
「ポーラ?」
「…わ、笑わない?」
ほんの少し緊張した、そしてほんの少し赤い顔をしたポーラが、後ろからジャメルを見上げている。
「いや…努力はするが…。
 笑うような内容なのか?」
「そ、そうとも言い切れないとは思うんですけど…」
モジモジモジモジ。
「あんまり勿体つけていると、むしろ気になるぞ」
「そ、そうですよね…。
 ホント、ホント笑わないでくださいね?
 えっと、あのね、貰ったのは…レシピです…」
前振り時間が長かった割に、ものすごく普通の回答が返ってきて、ジャメルは正直拍子抜けした。
「レシピ? 何故マスターからレシピを?」
「…練習のため、です」
「練習?」
いぶかしげな表情でポーラの様子を伺うジャメル。
そんな視線から逃げるように目をそらすポーラ。そして。
「だ、だって…。
 サンドイッチの前例があるからわかってるとは思うんですけど、私あんまり料理とか得意じゃないし。
 いつもならテキトウでいいんですけど、やっぱり今後はそういうわけには行かないですし。
 せっかくだからおいしいご飯一緒に食べたいし、食べてもらいたいし、その方が私も絶対嬉しいし、
 そんな話をしてたらメアリーさんが教えてくれるって言うから、
 レシピとその完成見本として料理の方も…、
 って…、ああっ! やっぱり笑ってるー!」
一気にまくし立てた後でジャメルの方を向いて抗議の声を上げた。
ジャメルはポーラから目を逸らし、声を出さずにくつくつと笑っていた。
「笑わないでって言ったのにー!」
「いや、悪い…。
 でも、その行動自体を笑ってたわけじゃないんだ。
 何ていうか、ジタバタっぷりが可笑しくて」
「理由は違うけど結局私が笑われてるんじゃないですか!」
「だ、だってお前、そんな可愛いの反則だろ…。
 オレの為に、ってことだよなその練習。
 それについては笑うどころじゃない。普通に嬉しい。
 後、さっき気付いたんだが、
 お前、本気で余裕が無くなるといつも以上に饒舌になるんだな。
 今のも相当焦ってたって事だと考えると…」
「いやーん!」
とうとう耐え切れなくなって、ポーラはジャメルの手を振り払って逃げ出した。
「ちょっ、待てポーラ…」
ジャメルが慌てて手を伸ばしても届かない。
いつもののんびりペースからは考えられないくらいのスピードで、ポーラは家の方へと走り去ってしまった。
「…」
一つため息をついて、ジャメルも自分の家に向かって歩き出した。
ああなってしまった彼女を追いかけても、どうにもならない。
放っておくのが1番いいという事は、これまでの付き合いの中でよくわかっている。
ここからならメイビ区はすぐ近く。
さすがにわざわざ追いかけてまで送る必要もないだろう。

 

ボンヤリと考えながら家まで歩く。
なんだか今夜は、色々な事があった気がする。
彼女が彼女自身の世界にいる姿を見て、不安になった。
彼女の聖域。
彼女がそこから抜け出せるのか、抜け出して自分の元へと来れるのか、自信がなかった。
でも、その心配はただの杞憂で。
彼女は自分の世界にいても、ジャメルに気づいた時点で真っ直ぐにやってくる。
背後に世界を引き連れて。
両手に世界を抱きしめて。
そうして、その世界ごと自分に向かって飛び込んでくるのだろう。
その結果、ジャメル自身の世界も一変する。
彼女の側で、騒々しいながらも退屈はしない世界がきっと待っている。
誰に見せるでもなく、誰に聞かせるでもなく、ジャメルは一人、苦笑した。
「…まあ、そんな生活も悪くはないな」

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

帰りの話。

えー。
一応双方のキモチに片がつきましたので、帰宅ってます。
ヤバイです。こいつら自分と相手しか見てねぇ(笑)。
チューで落ち着いたり、今後の事話したり、寒いから手を繋いでラブラブ帰宅だったり。
(しかもジャメルさんからのチューもある意味問答無用だったよ(笑)。ポーラも「断る」と言う選択肢は選ばなかったようですが(笑))
この後まぁ、色々とあるカップルもいるとは思いますが、うちでは違う理由でポーラが逃亡しました(笑)。
ジャメルさんはもしかしたら「よくあるちゃんとした恋人関係」を望んでいるのかもしれませんが、それにはポーラが「知識的に、カラダ的に」コドモすぎです。しばらくは保護者にしかなれないしょう。
言うほど若い訳じゃないと思うんですけどねぇ。えーと、この時点で2人は…8歳?
リアルにして20台半ばなんで、このトシにしては超進行が遅いです。ガキっぽいおつきあいをしてます。チューはするけど。

ちなみに、「サンドイッチの前例」とは、プレイ時の初デートで起きたたいへん残念な出来事です。
いにしえの広場でのデート進行に失敗した直後、(イベントで)一緒に食べる予定だったサンドイッチをプレゼントしたら、よりによって食べてる時の効果音が「ぱさ ぱさ」だったと言うアレorz
あのおかげで中の人的には「ポーラ=家事の残念な娘」と言う図式が成り立った訳ですが。
仮にあのデートが成功してたら…こんな娘にはならなかったんだろうなぁ。って事で、結果オーライ(笑)。

 

※ここから、ワリとどうでもいい設定垂れ流し
この2人がどっちも相手にマジ惚れ状態だ、と中の人が言い切るのにはまぁ、ゲーム内の『史実』に理由があります。
プレイ日記の方にも書きましたが、ジャメルさんは恋人関係になる前、ポーラに対して怒涛のマジ告白アタック(笑)をかましてきた唯一の男です。
この時点でポーラの方はほぼスルーだったのですが、恋人同士になってからの進行自体も、最初の1回こそ失敗しましたが、その後はするするするっと進んでしまったんですよね。
そう、中の人もビックリするほどに。
Webで他の方のプレイ日記を見ていると、相手からの親密度が低くて…とか、むしろ自分からの親密度が…とか、色々なお悩みがあったようなのですが、うちではそれがまったく起きませんでした。
もちろんポーラ側からは連日の花プレゼントアタックはかましましたが、ジャメルさんからは何一ついただいてません(笑)。つまり、ポーラのジャメルさんに対しての親密度が通常会話以外でガクンと上昇する事がなかった、って事なんですよ。
にもかかわらず、最後まで一気に進んでしまった。
つまり、ポーラ側の親密度に『テコ入れ』が必要ない状態だった、って事。
ホントにラヴラヴだったのねポーラ。前カレさんとはチューの時点で躊躇が入ってお別れしたってのにね。
ジャメルさんからのマジ告白アタックと、ポーラの通常会話だけでスルスル婚約まで。
この2点から、中の人は「あ、この2人は相性良いんだな。最良なんだな」と、判断した次第でございます。妄想はモウソウだけど、ちゃんと理由はあったのですよ。

 

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