195年7日:ローク・エルグ長邸宅の話-行動-

いつものように洞窟前通りからアラクトの辻を抜け、ローク・エルグ長邸宅へと向かう。
今年、彼女はローク・エルグのエルグ長に選ばれた。
エルグ長として選ばれる程にエルグの仲間から信頼されているという事なのだと思うが、その信頼の代償として、今は少し広い邸宅に1人暮らし。
昼間は比較的エルグで働く人が辺りにいるが、夜はほぼ誰も来ない。
誰かと共にいる事を好む彼女には、少し寂しい住宅環境だ。
明日以降はオレもこの家で暮らす事になる。
オレはあまり話す方ではないが、それでも。夜、傍にいるだけで少しでも彼女の寂しさを埋められればいい。
と、そんな事をぼんやりと考えながらローク・エルグ前に入ると、彼女の家の方から歌声が聞こえてきた。
どうやら今日は相当機嫌がいいらしい。
この国ではあまり耳に馴染みのない、不思議な旋律、軽快なリズム。
彼女の歌は、このナルル王国に移住してくる前にいた彼女の出身国の物らしい。
歌を覚えたのが子供の頃なので、比較的子供向けの内容の歌が多い。だがそれも、彼女の幼すぎる外見に合っている気すらする。
それにしても今日の歌は支離滅裂な気もするが。
歌が終わるまで邪魔をしない方がいい気もしたが、その間ずっと家の前でただ立っているわけにもいかない。
仕方がないと割り切る事にして、扉に手をかけた。
…やっぱり鍵は開いていた。

「ポーラ」
「あっ! ジャメルさんおはようございますー。
 あれ、今日は少し早目ですね」
「ああ、ちょっと…な」
どうやら、歌いながら朝食を作っていたらしい。
ケトルからは湯気が立ち上り、オーブンでは何かが焼かれている。
婚約した直後から、彼女は友人に色々と教えてもらいつつ、色々な料理に挑戦し続けているらしい。
会うたびに『前よりはマシになった』と力説しているが、個人的にはまだ微妙におかしい気もしている。
微妙におかしいものを作る割に、致命的な失敗はしない辺り、もしかしたら基本は身についているのかもしれない。だからといって『おかしい』のには違いないが。
普段なら、彼女の笑顔を見ると余計な力が抜けて、気分が楽になる。
だけど今日は。
(…うわ)
起きた直後程の物ではないが、また自分を襲う、あの衝動。
キスしたい。
(待て待て待て! まずいだろ今は!)
と、軽く慌てたが…よく考えると別にまずくはない。今までだって普通にキスはしている。
それどころか、人の多いシルフィス・ティルグで彼女から要求されて、それに答えた事すらある。
あの時のいたたまれなさと比べたら、ここは彼女の家で、他に誰が見ているわけでもない。
軽くだ、軽く。いつもどおりだ。
だから。
「なあ…」
「何ですか?」
「キス、しないか?」
「いいですよ」
あっさりと笑顔で了承された。
調理中の料理もそのままに、彼女がパタパタと近づいてくる。おい、放っておいていいのか。それくらいなら待つから止めて来い。
こういう迂闊なところが『残念』の理由のひとつだと言う事に彼女が気づくのはいつになるのか…いやそんな事は今はどうでもいい。
目の前に来た彼女を軽く抱き寄せ、小さな彼女に覆いかぶさるようにキスをした。
軽く、あくまで軽く…で済むわけがない。
足りない。
朝から断続的に襲ってきていた衝動に答えるように、深く、深く。(むーむーむー!)
足りない。
抱きしめる左腕に力がこもる。(じたばたじたばた)
まだ、足りない。
右手で頭を抱え込み、もう離さないように。(ぱしぱしぱしぱし、ぱしぱしぱしぱし!)
伝わってくるのは、やわらかい彼女の唇の感触と、何かを訴えかけるようにオレの体を必死で叩く彼女の両手の動き…訴えかけるように?
唇を離すと、瞳をぎゅっと閉じて妙に苦しげな彼女の赤い顔に会った。
「だ、大丈夫か?」
声をかけると、ようやく目を開け、肩で大きく息をする。
そして脱力してオレに体を預けてきた。
「…ハァ。ち、窒息するかと、思いました」
…あれだけやらかされておいて、この感想か。どうなんだこの娘は。
「お前、息止めてたのか」
「…いつもそうですよ。
 って言うか、ど、どうしたんですか今日は。
 何て言うか…長くて、あ、熱いんですけど」
苦しさのせいか、それとも微妙な羞恥心からか。まだ顔の赤い恋人にそう指摘されて、こちらの顔も赤くなる。
さて、どう説明したものか…。
一瞬、どうごまかすかを考えたが、正直そういう嘘やごまかしは苦手だ。最後までつき続ける自信がない。
仮にうまく取り繕っても、彼女にはすぐばれる気がする。
なので、今朝からの事をそのまま話す事にした。

「…起きてからずっと、ですか。大変でしたねぇ」
話を聞いている間に落ち着いたポーラは、すっかりいつものペースを取り戻している。
オレを見上げ、いつもどおりの気の抜ける笑顔をくれた。
体勢はさっきのまま。まだ離す気になれない。
「うん、やっぱりガマンはしすぎると良くないんですよ。
 そういうのはサクッと言ってくれれば、いつでも大丈夫ですよ」
「そうは言っても、今日だってすぐに来たようなものなんだけどな。
 実は朝食も食べてない」
「あ、確かにソッコーで来たんですね。
 まぁ、今は家がちょーっと遠いですからねぇ」
軽く視線を逸らせる。多分ここまでの道のりを想像しているのだろう。
その後またオレを見上げ、笑顔になった。
「でも、きっともう大丈夫ですよ。
 別々の夜を終わらせなければいけないのは、後は今夜だけ。
 後一つだけ夜を数えたら。
 何かしたかったらすぐにできるような日々が始まりますよ」
「すぐにできる、か…」
その言葉が色々と危うい意味も持ちかねないという事を、彼女はわかっているのだろうか。
なんとなく、よくわかっていないのだろうな、という気はした。
「そうです。
 なので、とんでもない事になる前にみんな解決するのです。
 だから大丈夫…じゃ、ないー!」
今までおとなしく抱かれていたポーラが、急にグイ、と自分を突き放した。
そして慌ててキッチンに走る。オーブンを開ける。そして。
「…あぁ…。
 ちょっと焼きすぎちゃいました…」
オーブンの前でポーラが斜めに傾いている。
今日作っていたのは、どうやらジャムパンだったらしい。
甘いパンの割には妙に香ばしい香りが部屋に広がった。
…しまった。キスの前にケトルは止めさせたが、オーブンについてはオレも忘れていた。
微妙に焼き色の強い焼きたてジャムパン2つをオーブンから皿に取り出したポーラは、オレに向かって少し申し訳なさそうに口を開いた。
「ジャメルさん…。朝ごはん、まだって言ってましたよね。
 どうします? 朝ごはんって事で、一緒に食べます?
 ちょっとメインのジャムパンがアレっぽいですけど、2つありますし」
明らかに成功したとは言いがたいものでも、勧めてくる。
その行為に一瞬あっけに取られ、それから噴出した。
とたんにポーラが不機嫌になる。
「何で笑うんですか!」
「いや、お前な…、
 普通、出来が悪かったと思ったら勧めたりしないだろ」
「だ、だって今回のはジャメルさんにも微妙に原因があるじゃないですか!
 あのタイミングであんなに、な、長いのとか、全然思ってませんでしたよ!
 それにその後の話もしっかり聞いちゃったから
 タイミングを間違えちゃったんですし…」
「まあ、それについては確かにそうかもしれないな」
「だからある意味、連帯責任です!
 大丈夫。使ったジャムは美味しかったから、
 多分そんなおかしい事にはなってないはずです。
 …もちろんジャムも自分で作ったんですよ?」
「…わかったよ。1つもらうよ」
大体オレは最初から「いらない」などと言う気はなかったんだが。
ポーラの機嫌はすぐに良くなった。
「ウフフー。なんだかんだ言っても
 こうやってお付き合いしてくれるところも好きなんですよね!
 じゃ、少し冷めてからどうぞ!
 今は多分熱すぎて、持って食べるのはちょっときついかも」
そう言って、皿をテーブルに置いた。
同時にフルーツミルクも出してくる辺り、どういう出来になっているのか、彼女自身も良くわかっているのだろう。
実際、ジャムパンはカリカリでぱさぱさだった。フルーツミルクがあって助かった。
だけど、彼女の言っていたとおり、中のジャムは結構美味かった。
確かに、前よりも多少はましになっているようだった。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

ポーラが歌っていたのは、きゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」です(笑)。
もうね、最近中の人の脳内でこの曲が延々とぐるぐる回っていて、ホントどうしたもんかとorz チクショウちょっと前のsaku sakuめ…!(←この番組で聴いた。イイガカリにも程がある(笑))
歌詞中にどう考えてもナルルに存在しないモノが使われてたりしますが…た、多分移住前の国にはあるものだったんだよ! ヘッドフォンとかメリーゴーランドとか!(ホントか)

それから、ELLISの「千の夜と一つの朝」から少しだけキーワードを借りてます。好きなんだ、大好きなんだよこの曲。
曲は「なぜ一緒にいられないの」な感じですが、こちらではちょっと違った意味で使わせてもらいました。

 

7日の出来事として書いてますが、ゲーム内の史実とは違います。
この日のスクショを確認すると、ポーラは朝から某方の葬儀に参列しておりまして。
多分ジャメルさんを待って家にいるとかありえない。
って言うか、待ってたら多分葬儀に間に合ってない。(この日、なんて話しかけられたかも残ってないので、うっかりポーラから先に話しかけてしまって、ジャメルさん側からの会話が消滅したのではないかとorz)
ポーラ関係者の配偶者様の葬儀だったのですが、ご本人とはそれ程お付き合いもなかったので、物語的にはスルーさせていただきました。

 

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