193年30日:メイビ通りの話-確かめる-

後1日で、今年が終わる。
国内では雪がちらつき、吹く風はとても冷たい。
服の隙間から風が入らないように首元をきっちりと合わせ、ジャメルは家を出る。
いつものようにリタを家に訪ね、言葉を交わした後、ティルグに向かって歩き出した。
メイビ通りに人影はほとんどない。
メイビ区に暮らす人々の大半は、西の辻から王宮方面へと向かったらしい。
今日、エルグでは来年のエルグ長を選ぶ選挙が行われるはずだ。
候補者の挨拶に興味はないし、正直誰がエルグ代表になろうが興味はない。
だが、投票時間中には1度シーラ・エルグに顔を出して、投票だけでもした方がいいかもしれない。
そんな事をぼんやり考えつつ歩く。
ふと前を見ると、少し前を小さな娘が歩いているのに気付いた。
体つきに対して微妙に大き目のロークカラーのジャケット。議員である事を表すロークカラーの帽子。
あの服を着ているのは、この国では1人しかいない。ポーラだ。
ジャメルは少し足を速めて彼女に追いついた。
「ポーラ」
「えっ? あ、ジャメルさん。
 …後ろから来た。ちょっと来るの早すぎましたか。
 でもこれ以上遅いと多分午後のに間に合わないし…」
驚きつつふり返るポーラ。
発言の後半の意図に気づいてジャメルは少し嬉しくなる。つまり彼女は、彼に会いに来ようとしていたと言う事だ。
だが、今はそんな些細な事を気にしている場合ではない。
不自然ではない程度に近づき、見下ろす。見上げる彼女と視線がぶつかった。
「ポーラ、聞きたい事がある」
「何ですか?」

「オレと付き合えないのは、他に誰か気になっている男でもいるって事なのか」

「…ハイ?」
思ってもみなかった事を聞かれて、ポーラは一瞬だけ思考を停止した。
見上げる男の目は、冗談で聞いているようには見えない。
「い、今は気になっている人はいないですよ!」
慌てて否定する。
その回答はつまり、ジャメルの事も『気になっていない』と言う事になるのだが、今のポーラはそこまで頭が回っていない。発言を否定するので精一杯だ。
即座に次の言葉が降ってくる。
「じゃあオレに何か問題があるから、なのか?」
「あ、いえ全然違うんですよ。
 私自身の、気持ちの問題、なんです」
ポーラは両手をパタパタと振って否定した。そして、
「何ていうか…ホント、自分でもどうしたらいいのかわからなくて…。
 ごめんなさい…」
少し俯き気味で、そう返した。
彼女の様子は、嘘を言っているようには見えない。
その返答を受けて、ジャメルは軽くため息をついた。
「そうか…」
「…」
2人の間に沈黙がおりた。
「…あ、あの、私からも質問していいですか?」
微妙な沈黙を嫌うように、今度はポーラが切り出した。
「何だ?」
「どうしてなんですか?
 ジャメルさん、美人の彼女さんがいるんじゃないんですか?」
ジャメルは言葉に詰まった。戸惑いがちに見上げてくる彼女から視線をそらす。
今の彼にとって、それが1番聞かれると困る事だったから。
どう説明すればいいのか、彼自身、よくわからなかった。
「今は、リタの事は関係ない。
 オレ自身が、お前の事が気になったってだけだ」
「でも」
「それに…。
 実は、リタ自身にたきつけられたと言うか…」
「ええーっ!?」
彼は取り繕うとか、ごまかすとか、そういった類の事は苦手だ。
結局、取っ掛かりを正直に話してしまった。
さすがに『ゲーム』が如何こう、とは言わなかったが。
ポーラは右手を額に当て、頭痛をこらえているような表情をした。
「この国の人って、ホント…」
「い、いや、でもな。
 今、お前が気になっているのは事実なんだ」
「いえ、いいんですよ。別に非難する気はないんです。
 そのまま正直に言われたんで、逆に気が抜けました」
まったく仕方がないなぁ、とでも言いたそうな感じの苦笑い。
その時、午後を告げる鐘が鳴った。
「…え? あ、もうそんな時間?
 早くエルグに行かなきゃ!
 それじゃジャメルさん、また!」
「ポーラ!」
慌てて走り去ろうとするポーラを呼び止めた。
「はい?」
「オレは、嫌われてるわけじゃないんだな。
 諦めなくて、いいんだな」
「うん…って事に、なるのかな?
 って言うか、イヤならこんなにたくさんお話したりしないですよ」
「前にお前が言ってた
 『つながりを大事にしたい』だけ、って可能性もあるからな」
「あ、ヒッドイ。そんな風に見てたんですか?
 別に、それならそれでもいいんですよ?」
少し拗ねたような口調。わざとらしくぷいと横を向く仕草。
子供のようなその行動を見て、ジャメルは軽く微笑んだ。
「いや、そうじゃないなら安心するってだけなんだ」
「そうですか。それならまぁ…。
 あ、じゃあ私、ホントに行きますね!
 …間に合うかなぁ」
最後に一つ笑顔を残し、ポーラはその場から走り去った。
その後ろ姿が見えなくなるまで、ジャメルはその場で見送った。

直前まで感じていたイライラ感は、消えさっていた。
(受け入れられない問題がない、って事はわかった)
(雰囲気も悪くない)
(それならこれからも、今までどおり、機会があったら押すだけだ)
(そうすればいつかは、本当の意味でポーラも自分の方を向くのかもしれない)
踵を返し、彼は当初の目的地であるティルグへと歩いていった。

当初の目的から豪快にずれている事に、彼はやっぱり気付かない。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

『星のキモチ』の翌日の話です。
ポーラがジャメルさんに会いに行ったのは、前日に親友のおばあさま方にたきつけられたから(笑)。
これでもしもポーラの方がジャメルさんを先に見つけて、勢いさえついていたら。
この時点で話は先に進んでいたのかもしれません。
ポーラからすると、「よっしゃ!」と気合を入れる前に後方から先制攻撃を喰らってぷしゅーとなったみたいな感じですかね。
(もちろんネツゾウです。史実ではこんなやり取りナイですよ)

 

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