195年3日:西公園の話-彼女とやりなおし-

西公園にある、花々に囲まれた大きな木。
この国には、『この木の下で誓う男女は幸せになれる』という言い伝えがある。
誓った回数が関係しているのかはわからないが、もし関係しているのであれば、この先の自分たちの幸せは揺るがないだろう。
この国で子供時代を過ごさなかったポーラは、例によってこの手の言い伝えを知らなかったが、初めてここにやってきてこの話を教えた時は妙に感動したらしく、いつまでもこの木を見上げていた。
ジャメル自身は、言い伝えに頼らなくても自分たちの幸せは自分たちで築き上げていけばいいと思うが、だからと言って彼女の気にいったものをわざわざ否定する気もない。
今日もいつものようにこの木を2人で見上げ、結婚後の幸せを祈る。
普段ならこの後別れてそれぞれの生活に戻るのだが。
「あっ、ジャメルさん!」
この日は帰ろうとするジャメルをポーラが引きとめた。
「…何だ、どうした?」
公園出口を向きかけた体を恋人の方に向け直す。
引きとめたポーラは、いつものふにゃんとした笑顔をジャメルに向けつつ、こう言った。
「お誕生日、おめでとうございます!」
今日は3日。意識してはいなかったが、誕生日だ。
「ああ、そういえば誕生日か…。
 年を取るだけだから、別に何もない」
今のジャメルにとって今日は『結婚式の5日前』か『DD杯の自分の試合2日前』でしかない。
誕生日だからと言って何かするかというと、そんなつもりもなかった。
…しかしポーラは違ったらしい。
「ええー? そんな事ナイですよ!」
即座に全力で否定された。
「え?」
「年を取る事だけじゃないんです。
 ここまで8回、誕生日をこなしてきてくれたからこそ
 9回目の今日、ジャメルさんは私の前にいてくれるんです。
 私はそれが嬉しいの」
「…」
「自惚れちゃっていいのなら。
 ジャメルさんは、私に会うためにこれまでの誕生日をこなしてきてくれたんですよ。
 それだけで、もうすっごく意味があるの」
少し赤くなった顔で、いつもの笑顔で、見上げてくる。
自分の恋人は自分に会うために今まで生きてきた、という発言。
…なるほど、確かにとんでもない自惚れだ。
だがジャメルは、それを明確に否定する気にもならなかった。
これまでを積み重ねてきたから、今の自分がいて、ポーラの前に立っている。
その発想自体は決して不快な物ではなかったから。
ポーラはさらに続ける。
「そしてそれは私だって同じ。
 今日まで8回、誕生日をこなしてきたからこそ、
 私は今、ジャメルさんの前にいられるんですよ。
 だから今日は、それのお祝いです」
「いられる事の、お祝い、か」
「そうですよ。
 『会えてよかった。一緒にいられて良かったね、おめでとう』なんです」
「お前の今までの誕生日は、やっぱり…
 オレに会うためにこなしてきた、って解釈でいいのか?」
あまりにも普通に言われたのにつられて、思わず、普段なら絶対に言わないような事を口走った気がする。
自分でも分かるほど赤面して、慌ててジャメルは直前の発言を取り消した。
「い、いや! 今のは聞かなかった事にしてくれ」
「え、何で?」
「な、何でって…」
「だって、多分そうですもの」
そんなの当たり前だ、と言わんばかりの表情。
「私は、ジャメルさんに会うために、
 はるかな海を越えてこのナルル王国に移住してきたんですよ?
 毎年の誕生日だってモチロン、会うために1つ1つこなしてきたに決まってるじゃないですか」
「…何でお前は、そういう恥ずかしい事を簡単に口にできるんだ…」
サラリとそんな事を口にする彼女をただ見ているだけでも恥ずかしい。
赤い顔のまま、ジャメルはポーラからなんとなく視線を逸らせた。
ジャメルは、ポーラのこういうところはある意味尊敬している。
だからと言って、自分も同じようにしたいとは思わないが。
ポーラの視線もジャメルから逸れた。2人が見るのは『誓いの木』。
見上げながらポーラはつぶやく。
「…それでも、この国にきてからもずいぶんと時間がかかっちゃいましたけどね。
 7回目は、ジャメルさんの事知らなかった。
 8回目は、まだトモダチだったし、あの日は確か会えなかった。
 9回目から先は、トクベツな相手。恋人で、婚約者で…来年からは、家族です」
最後のところはまた、ジャメルの方を向いて。
その言葉に、ジャメルは少しだけ驚いた。
「会えなかった、って…。
 覚えてるのか?」
「今までの事を全部覚えている訳じゃないですよ?
 でも、『とくべつ』な日ですからね。
 『とくべつ』な日なのに、私から『おめでとう』を言った覚えもないんですもの」
「特別、か…」
同じ日に、違う場所で生を受けた2人。
その日に対して感じていたものはまるで違っていた。
前回から1年経った、それだけでしかなかった誕生日という物に対して、ポーラの提示したのはあまりに違う認識。
ジャメルは今までの自分の誕生日を、ボンヤリと思い返していた。
「…オレにとって今まで、誕生日は特に何か変わる訳でもない普通の日だったな」
「え、じゃあ今までの誕生日って、どんな感じだったんですか?
 例えば、子供の頃とか」
不思議そうなポーラの問いかけに、ジャメルは自分の子供時代について、軽く語った。
子供の頃、この国に両親と移住してきた事。
その後程なくして、両親共に天上へと旅立ち、孤児扱いになった事。
比較的仲の良かった人はみな年上で、彼が子供だった間に誕生会という物に呼ばれる事もない。
当然、自分も誰かを呼ぶ事などなかった。そしてそれを当然だと思っていた事を。
聞き終わるとポーラは軽くため息をついた。
「…そんなに小さい頃から1人だったんですか」
「ああ」
「それで誕生日とかもあっさりしてたんですねぇ。ちょっとモッタイナイ…」
「もったいない、って…」
また想定外の感想を貰った。
彼女の感性は、時々ジャメルには理解できない。
「この話をすると、大抵は『寂しかったんじゃないか』とか『かわいそうだ』とか
 そういう反応が返ってくるんだけどな…」
「うーん、そうかもしれないんですけど。
 なんとなく私としては、それまでの生活そのものを否定する気にはなれない、って言うか…」
「生活そのもの?」
「…もしかしたら、確かに寂しかったのかもしれない。
 かわいそう、って言えるような生活だったのかもしれない。
 でも、その生活をしていたから今のジャメルさんがいる訳じゃないですか。
 で、私は今のジャメルさんが、とても、好きなの。
 だから、今を形作ってきた物を私の尺度だけで否定はできないの」
そう言ってまた、笑う。
「否定はできないけど、それでも。
 楽しい日になったかもしれない誕生日が、まるっとスルーされてたのは
 ちょっともったいないと思ったんですよねぇ」
「それで、あの発言か」
「そうです。
 …私も子供の頃に『1人』になっちゃいましたけど、
 周りにはいつも誰かいましたから、誕生日は楽しかったんですよね」
「…」
一瞬、ほんの少しだけ寂しそうに見えたポーラは、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「うん、大丈夫ですよ。
 今年からは必ず私がお祝いしますからね。
 間違っても『寂しい』とか『かわいそう』とか、そんな感想の出ない日になりますからね!
 …って事で、今日が最初の日です。ちょっとやり直しましょう」
「やり直し?」
「やり直しです」
そう言うとポーラは、ジャメルを見上げてふにゃんと笑った。
「『ジャメルさん、お誕生日おめでとうございます!』」
「…」
咄嗟に返事ができなかった。
目の前の恋人からの祝福の言葉は、さっき言われた物と変わらない。
それでも、その言葉の意味を聞いた今では、同じようには返せない。返す気にならない。
無言になったジャメルをポーラが少しだけ不満げに見上げる。
「返事は?」
「…お、お互いに、な」
やっと、それだけ返した。
相手に会えた事を祝う日。
共にいられる事を祝う日。
そして、自分にそれを教えてくれた最愛の恋人がこの世に生まれた日。
祝われるのはもちろん、自分だけが一方的にではないはずだ。
ジャメルの返事を聞いたポーラはまた、最高に嬉しそうな顔をした。
「うん!
 …ね? なんか嬉しいですよね!」
「そうだな。…オレも嬉しいよ」
「いっしょの日ですからね!」
そう言って抱きついてきた恋人を、そっと受け止めた。

誰かに祝われる事も、誰かを祝う事も。
この先はずっと、この小さな娘と共に。穏やかな喜びをもって。

 

「…ホントはね。誕生日だけじゃないんです」
腕の中で声がした。
「何がだ?」
「『とくべつ』な日。
 ホントは1年30日、みんなそう。
 毎日毎日、会える事が嬉しくて、笑える事が嬉しいの」
「毎日か…大変だな」
いかにも、1人でいるよりも誰かと共にある事を望むポーラらしい。
「そうなのよ。
 だから1年分をまとめて誕生日にお祝いするの。
 あなたに会えてよかった。
 今年も、これからもよろしくね、って…。
 だから…」
ポーラの腕に力がこもった。
「だからホントは…ナディアさんの事も、もっと…」
抱きつくというよりも、しがみついている。
「ポーラ…」
今朝の彼女の行動が記憶に呼び起こされる。
洞窟前通りを走り去るポーラ。
彼女の家であるローク・エルグ長邸宅とは逆方向へ、北へと向かったポーラ。
その先にあるのは、アラクト教会。
朝から教会で行われるのは…誰かの葬儀。
(そうか、朝のあれは…)
ポーラが、親友だったひとの葬儀に急ぐ姿だったのだ。
腕の中から涙声がする。
「ゴメンナサイこんな日に…。
 今だけ、今だけちょっとここにいてください…。
 何も言わなくていいの。側にいるだけで…いいから…」
「謝る事じゃない。…寂しくなったな」
ジャメル自身は、相手の事をほとんど知らない。
時々、ポーラの口から出る名前に覚えがある程度。
ただ、それだけでも、ポーラが今までずっと相手を大切に思っていたのは、わかる。
ポーラをなだめるように、背中を軽く叩いた。
「お前今日、無理して笑ってたのか。
 …こういう時、オレの前では無理しなくていい。
 辛いとか、苦しいとかも、そのまま出せばいい」
「うん…。ありがとう…。
 ナディアさん…」
もう祝う事のできなくなってしまった親友の為に、ポーラは静かに涙を流す。
そんな恋人を、ジャメルはただ黙って抱き寄せていた。

 

 

それは2人の、幸せで、だけど切ない日の出来事。

 

« 


 

***

照れ隠しと言う名のコメント

…西公園の木って、なんか正式名称ありましたっけ?
西公園の看板にはこれと言って何も書かれてなかったんですけど…。とりあえず『誓いの木』って感じでそのまんまな呼び方をしておきました。名前がわかったらそこだけ書きなおすって事で。

上手い具合に誕生日デートになったので、ここでイベントっぽくぶちかましてみました。
どうもヒトとして反応の薄いジャメルさんの認識を、ポーラは端から粉砕していきます(笑)。この日の事もそれのヒトツ。
って言うかこの日にイベント盛り込みすぎだorz せめてカレカノになるのが後数日早かったら、認識の話はそっちに持っていけたかもしれないのに…イヤ、多分無理だな。
お付き合い初めのころはもっと、殺伐としてただろうからなぁ(笑)。これはこれで仕方ないのか。

 

« 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です