194年7日:いにしえの広場の話-やらかされる-

194年7日。
ジャメルはいつもどおりの朝の日課をこなした後(そしてやっぱり今日も朝から花をもらった)、1度家に戻り、あらためて外出した。
昨日、ポーラをなんとなく誘ってしまったので、今日は彼女と遊びに行く事になっている。
彼女とはよく話はしていたが、実際に2人で出かけるのは初めてだ。
(さて、どこに行くか)
歩きながら考える。
この国で初デートの定番と言えば、シーラル島のいにしえの広場かアクティカの古城前になる。今回もそのあたりでいいだろう。
彼女はローク・エルグ員。もしかしたらシーラル島の方にはあまり行っていないのかもしれない。
彼自身もあまりシーラル島には顔を出していない。
船に乗って海からの風を受けるのも、いい気晴らしにもなるだろう。
そう考えながら、待ち合わせ場所である王宮前大通りに足を踏み入れると、掲示板の前に謎の人だかりができていた。
大人も子供も、男も女も。そこにいるのは無秩序の集団。
普段からここは人が多いが、それにしても集まりすぎだ。
そしてその中心にいるのは。
「…ポーラ?」
人々に隠れて判りにくいが、話の中心になって笑っている小さな娘は、彼が今朝会った、そして今、自分が待ち合わせをしているポーラだった。
(掲示板の名前は伊達じゃない、と言う事か)
『人気者』として大通りの掲示板に名の載る恋人の姿を、ジャメルは少し離れた場所からある種の感動と共に眺めた。
しかし、どうしたものか。
このまま、いつ終わるとも知れない彼女達のやりとりが一段落するまで待つわけにはいかない。かといってあの輪の中に乗り込んでいくのも気が引ける。
と、ジャメルがその場で軽く逡巡していると、周りとの話に夢中になっているのかと思っていたポーラが、彼の姿にすばやく反応した。
「あ、ジャメルさんだ!
 ウフフ、それじゃ皆さん、またお話しましょうね!」
「ああ、なるほどね。今日はそういう日だったんだ」
「行ってらっしゃいポーラちゃん。楽しんできてね」
「ハーイ。いってきまっす!」
周りの人々に軽く声をかけ、ポーラはジャメルの元に走りよってきた。
集まっていた人々もそれぞれの生活に戻り、王宮前大通りはいつもの姿を取り戻した。

「…待たせたか?」
走り寄ったポーラに、ジャメルは声をかけた。ポーラは首を横に振りながら答える。
「ううん、全然待ってないのよ。
 確かにほんの少しだけ早く来ましたけど、
 ここは人が多いですから、お話をしていると時間なんてすぐ経っちゃうのよ」
「そうか」
実際、ポーラにとってこの時間は『待ち時間』と言うよりも『楽しい会話時間』だった。色々な人との会話は、それだけで楽しい。その後に予定が入っているのなら、それもまた楽しい。
「で、今日はどこに行くんだ」
彼の中ではなんとなく決まってはいたが、一応ポーラにも聞いてみる。
ポーラは少しだけ考えると、答えた。
「んー、そうですねぇ。
 やっぱり、定番はいにしえの広場かアクティカの古城、ですよね。
 それじゃあ今日は、いにしえの広場に行ってみませんか?」
ポーラもこういう事は初めてではない。
移住してから2年と少し。それなりにこの国の『流れ』というものを理解しているようだった。
「わかった、そうしよう」
ジャメルはそう返すと、他には目もくれずにロークス港に向かって歩き出した。
慌ててポーラは後を追いかける。
歩幅の広いジャメルの歩くスピードは、普段のポーラよりも余程早い。
いつの間にかポーラは微妙に小走りになっていた。
「ジャメルさーん、ちょっと、早いです…」
ポーラのその声にジャメルはようやく振り返る。
気付けば彼女との距離もずいぶん開いていた。
「…ああ、悪い」
その場でポーラが追いつくのを待つ。
そして、追いついたポーラを確認すると、ジャメルはまた先に立って歩き出した。
今度は少しゆっくりと。ポーラがついてくるのに苦しくない速度で。
だが、並んで歩くという事はしない。
これといった会話もせずに、2人で船に乗り込んだ。
目的地は、シーラル島。

 

少しずつ暖かくなってきた日差しを浴びつつ、2人はいにしえの広場までやってきた。
ジャメルがここに来たのはずいぶん前になる。
子供の頃に何度か遊びに来たし、成人してからは、また別の理由でやってきた。
その時とは違う相手と、今日は並んで芝生に座る。
「ジャメルさん、歩くのホント早いですねぇ」
座ると同時にポーラが切り出した。
ここまでずっと黙って歩いてきたので、普段からよく話す彼女としては、沈黙が耐えられなかったのかもしれない。
「そうだったか? オレとしてはあれが普段の速さなんだけどな」
「今日初めて一緒に歩きましたけど、私からしたらホント早いです。
 まぁ私、走るのも早くないんですけどね。
 えっと、ごめんなさい、色々と遅くて…」
「いや、仕方ないだろ。
 お前は小さい分、歩幅も狭いし」
「…比率的には『短足』じゃないんですよ?
 言うほど長くもないですけど」
「誰もそんな事言ってない」
「そうなんですけど、一応主張だけでも、と思いまして」
軽くため息をついて、ポーラは続けた。
「…前にここに来た時は、もっとゆっくりのんびり来たんですよねぇ。
 大通りで合流してからは、いろいろと話しながらで。
 なんて言うか、目的地までの道のりも全部まとめて
 『遊びに行っている』って感じでした」
その時のポーラの相手は、もちろんジャメルではなかった。
女性にだけ無駄に優しいオトコで、一緒に過ごしていてなんとなく心地良かった。
今はその相手とは離れている。
それでも彼…ジョシュアは友人には違いなく、時々会うと前と変わらぬ気安さで接してきてくれる。ただ、なんとなく女性扱いはされなくなった気はするが。
その時とは、今回はあまりにも違う。
「…って、あ。
 べ、別にジャメルさんとジョシュアさんを比べてるわけじゃないんですよ?
 どっちの方がいいとか、そういう意味で考えたんじゃないですよ?」
いきなり弁解を始めるポーラ。どうやら無意識で口にした言葉らしい。
(そう言えば、そういう意味にも取れるな)
彼自身は別にそんな意味では取っていなかった。
彼女が普段している、いつもの他愛ない話の一つくらいに思っていた。
「私、ホントにこういうの慣れてないんで、
 ここに来るとやっぱり、前に来た時の事を思い出しちゃうというか…」
と、言いながらほんのりと頬を染める。
これは明らかにかつてここで起きた事を思い出した事での変化だ。
…確かに、愉快な話ではない気もする。
「でも、そういうのは良くないんですよねぇ。
 今一緒にいるジャメルさんに、失礼なのです」
ただ、それにしても、ポーラが言うほど厳密に回避するほどの事でもない気もする。
「…別に、そこまで気にする事でもないだろ」
「でも!」
軽く返した言葉に対して、強い口調で返された。
「私、前に言ったじゃないですか。
 『お付き合いしている時は、その人だけを見てる』って。
 だから今は、ジャメルさんだけを見てたいんですよ」

すぐ横から彼を見上げる緑の瞳。
直前の発言内容はともかく、彼だけをまっすぐ見つめる瞳。

…ジャメルは軽く、途方にくれた。
彼は現時点で、ポーラとそこまで本気で付き合っているわけではない。
ポーラと付き合う事になるきっかけ自体、恋人であるリタからたきつけられたからであり、試しに自分から告白したら想定外に断られたので、意地になった。それだけだ。
別に遊びで付き合っているわけではない。
でも、本気でもない。
(オレが今、想っている相手は、リタだ。誰より一緒にいたい相手は、リタだ。ポーラじゃない)
頭の中で確認する。
言ってみればポーラとは、時々会って少し親しい会話を交わすだけの、それだけの関係でよかった。
気が向いた時にふらりと遊びに行くだけの、少しだけ仲のいい女性というだけでよかった。
実際のところ、彼女の外見が関係して、正直『異性』として意識しにくいのだが。
でも、彼女は。
ポーラは彼の中の些細な感情に対しても本気で、真剣に反応してくる。
いつもどおり、笑顔はゆるい。
多分まだ、彼に対しての感情も『恋』ではない。
だけど、行動は真剣。
それは、付き合う事になったあの日の彼女を見ていてもわかっている。
彼女は付き合うには理想的な娘だ。
よく働き、いつも笑顔で、常に周りに気を配り、たった一人の『恋人』に対して真摯。
きっとこの先、彼女はもっといい相手に会う事になる。
もっと誠実に彼女の事を見る相手が現れる。
だから彼は考える。
中途半端に思っているのなら、中途半端にしか思えないのなら。
(傷が浅いうちに離れた方がいいのかもしれない)
(深入りしたら戻れない。自分も、多分ポーラの方も)
(自分の『人生経験』に巻き込んではいけないのかもしれない)
(彼女にいつか来る『誰か』を選ぶ瞬間に、自分という存在が枷にならないように)

「…ところで」
ジャメルの思考を、ポーラの発言が断ち切った。
気付くと、ポーラが持ってきた鞄の中から何かを取り出しているところだった。
「デートに行ったらお弁当を食べる、ってのが、正しい流れだって聞きました。
 なので、頑張ってお弁当を作ってきたのよ」
そう言いながら取り出されたのは、ごく普通のサンドイッチ。
誰に聞いたのかは知らないが、確かにここでデートした時は恋人の作った弁当を食べる事が多い。それに習って作ってきたらしい。
「えっと、普段はあんまり作らないんですけど、
 せっかくですから作ってみたのよ」
ポーラにしては珍しく、少し自信無さそうな表情と共に差し出してきた。
「…いいのか?
 じゃあ、いただきます」
「ど、ドウゾ!」
差し出されたサンドイッチを1つ手に取る。
普段あまり作らないというわりには、見た目はそこそこ整っている。
特に何の警戒もなく、手にしたサンドイッチを一口。
「…」
味は、悪くない。
いや、悪くないが、これは…。

「…なんか、パサパサしてるな…」

思わずそう口にした。
正直、何か飲み物が欲しい。
「ええー! う、うそっ!」
ポーラはジャメルの感想を聞いて、軽くパニックに陥ったようだ。
残っているサンドイッチから1つ手にし、自分も試しに一口。そして。
「…た、確かに!」
自分の持ってきた物の出来に自分でショックを受けている。
体が斜めに傾いた挙句、ジタバタと暴れだした。
「え、ちょ、何で?
 味はダメじゃないですけど、口の中パッサパサですよパッサパサ!
 何で、何で?
 …って、あ、あ、あ、あれ? うきゃー!」
「お、おい!」
ジタバタ慌てていた(としか表現できない)ポーラが、ジャメルの目の前でバランスを崩す。
慌てて差し出した手は空を掴み、ポーラはそのまま、下まで滑り落ちていった。
もちろんここは子供たちが草滑りをして遊ぶ場所なので、危険はない。
ただ、自分の意思とは関係なく落ちてしまったポーラは、相当驚いたらしい。
状況が飲み込めていないらしく、下で、滑った体勢のままでぽかんとしている。手にはまだ、食べかけのサンドイッチ。
その間の抜けた光景に、ジャメルは思わず噴きだした。
「…な、何で笑うんですか!」
どうやら我に返ったらしい。下からポーラの抗議の声が聞こえる。
ジャメルからは少し距離があるが、それでもわかるほどに頬が赤い。
それに気付くと、ますますおかしい。
笑いが収まらないまま、ジャメルも下まで滑り降りた。
ポーラの横に到達すると先に立ち上がり、まだ座り込んだままの彼女が立ち上がるのに手を貸す。
まだ非難がましい目を向けている彼女へと理由を述べた。
「そ、そりゃ笑うだろ…。
 初めてのデートで持ってきたサンドイッチが失敗気味で慌てる姿とか見たら」
「そんな事言われてもー!」
ポーラに、普段話している時のような余裕が見られない。
これはどちらかと言うと、あの『やらかした日』の反応に近い気がする。
…少し面白い。
「しかもそのまま勝手に滑り落ちるとか、笑わせようとしているとしか思えない」
「じ、事故! 事故ですこれは!」
「お前、1人で移住してきていきなりエルグ長とかやってるし、
 ドンくさいだけで他は何でもこなせてるのかと思ってたら、
 そうか、家事は残念だったんだな」
「だって…」
「いや、でもな。
 味自体は悪くはなかった。
 まぁまさかこういうものをもらうとは思わなかったんだけど…」
「い、いやーん!」
「あ、おい!」
現状に耐えられなかったらしく、助け起こしたジャメルの手を振り切って、ポーラはその場から逃げ出した。
確かに反応は面白かったが、どうやらやりすぎたようだ。
(…こういう時は、意外と早いじゃないか)
彼女の走り去った方を見ながら、ジャメルはあまり関係のない事を考えていた。
ゆっくりと脇の階段を上り、先程まで座っていた場所を見ると、そこには彼女の忘れ物。
鞄を持って逃げる余裕すらなかったらしい。
(まあ、明日にでも持って行ってやるか)
原因はどうあれ、彼女が『逃亡』する理由を作ってしまったのには違いない。
ため息をつきつつ鞄を手に取ると、ジャメルもその場を後にした。

 

正直、軽く付き合うのは無理な娘だと思っていた。
真面目な恋愛感。まっすぐな感情。
試しに付き合ってみる、というだけでも、重荷になると思っていた。
…だけど。
くるくる変わるその表情を見る事を。
自分が思ってもみない事をやらかされる事を。
想定外の事態に混乱する様を見る事を。
なんとなく心地よく思えている自分も確かにいた。
(今日の事は今日の事として。また一緒に出かけてみよう。
 もっと何か見られるのかもしれない。
 もっと興味深い事が起きるのかもしれない)
今は自分でも、『彼女は違う』と言う確証が持てない。
第一に想う相手は変わらない。それでも。
『違わない』のなら、手放してしまってはいけない。
だから、わかるまでは、もう少しだけ。

『傷が浅いうちに離れた方がいい』と言う気持ちは、いつの間にか消えうせていた。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

何か、待ち合わせの時にポーラの方から寄っていってるような書き方になってますが。
先に見つけたのはジャメルさんの方ですので、声をかけるのもジャメルさん側とします。
でないと『for my bitter half』で書いた事が崩れる(笑)。(そんな理由…?)

デート待ち合わせの時とか、ポーラはよく、NPCさんにもみくちゃにされました。
もちろんポーラが立ってる場所が悪いのです。
ちょうどNPCさんの通るルート上でボンヤリしていたので、NPCさんがぶつかってくると同時に話しかけられ、そのNPCとの会話終了→NPCが脇にずれる→次のNPCが向かってくる→申し訳なくなってポーラが脇に避ける→反対側から歩いてきたNPCがぶつかってきて…という流れをよくやってました(笑)。(もっと考えて避けようよ)
いつしか王宮前大通りに、会話終了後に立ち止まっているNPCさんがワラワラと…。
こりゃ初めて見たらジャメルさんでなくてもギョッとする光景だろうな。

後、ゲーム的には『行き先を決めた方が先を歩く』のですが、ポーラ先導だとしっくり来ないのでここだけ逆転させました。(史実でも最初の行き先を決めたのはポーラです。で、進行シッパイしました)
そういう意味での2人の手つなぎは、次回以降で。

 

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