194年8日:メイビ区3の話-またおやくそく-

194年8日。
この日もジャメルはいつもの時間に目を覚まし、身支度を整える。
無造作に髪をかき上げ、眼鏡をかけて、ティルグ印の証でもある帽子とコートを身につける。
日々の日課になっているリタの家に顔を出すために家の外に出ると、今日も家の前にポーラがいた。
3日続くと、もう慣れたものだ。
「またか」
「ちょ…! い、いきなり出てこないでくださいよ。
 恥ずかしいじゃないですか」
どうやらポーラの方はまだ慣れていないらしい。
「そんな事言ってもここはオレの家だし、
 お前がいたら外に出られないじゃないか」
「それはそうなんですけど、なんていうか、ココロの準備が…」
「って言うか、何で連日ここにいるんだ」
「え、え、それは、アレですよホラ。
 せっかく『ごきんじょ』なんだから朝から会いに来てみたって言うか…」
ポーラは微妙に慌てつつ、なんだかよくわからない言い訳を展開しだした。
近所全てに朝参りでもしている、とでも言いたいのか。もちろんそんな事実はないだろうし、そんな噂話を聞いた事もない。
どう考えてもおかしなその理論に、突っ込みを入れるのは止めておいた。
昨日のように逃げられるのも、困る。
そんな彼女を見ながら、自然に言葉が口をついて出た。
「…明日、どこかに行くか?」
「え、いいの?
 昨日のアレの後なのに、ホントにいいの?」
連日誘われた事に、ポーラは相当驚いているらしい。
確かに昨日のは『失敗』だろうが、彼としては、そこまで気にする程の事でもないと思っていた。
ただ、彼は彼で、今自分が発した言葉の方に驚いていた。
「悪い理由にはならないだろ。
 実際、結構楽しかったしな」
驚きはしたが、昨日が楽しかった事は、事実。
楽しかったから、また行きたいと思うのも、また事実。
「…弁当、明日も持ってくるか?」
「う…なんか小さな悪意を感じます…」
「何でだよ」
そんなつもりはまるでないのに、『悪意』とまで言われるのは心外だ。
「だ、だって…。
 私やっぱり、料理とかって得意じゃないですし、
 昨日もそれで相当笑われてますし、
 得意じゃないのに明日も…とか提案されると、やっぱ何か考えちゃうと言うか…」
「オレが昨日笑ったのは、別にお前の家事が残念だからじゃないぞ」
「残念って言った!」
「昨日だってそう言っただろ。
 それに、慣れてないなら、数をこなした方がいいんじゃないのか?」
「そ、それはそうなんですけどね…
 正直またシッパイしそうなんで、今回は止めときます」
ポーラはどうやら、自分の料理の腕を『弱点』だと思っているようだ。
少し足りないから外に出したくない。多分昨日の事も『なかったこと』にしたいのだろう。
しかし。ジャメルからするとあの出来事は、むしろ彼女を深く印象付けた出来事に他ならない。
何でもできる、何の心配もない娘より、余程魅力的ではないのだろうか。
「…で、でも嬉しいな。
 じゃあ明日、また王宮前通りで!
 それで…これ、もらってくれます…?」
と、差し出されたのはやっぱり花。
こういうものだ、とわかっているので、彼ももう断らない。
「ああ、ありがとう。
 …そうだ、ちょっとここで待ってろ」
「何で?」
「お前、昨日色々と忘れて行っただろ。
 あれ、全部持って帰ってきてるから、ついでに持って帰れ」
「…そ、そうでした!
 忘れてった事自体を、まるっと忘れてました!」
「お前な…」
暢気な発言に半ばあきれつつも、彼はもらった花を持って家に戻っていった。

渡す荷物を出すために、もらった花をしまうために、棚に向かう。
中には、ここ数日少しずつもらい続けている明るい花の群れ。
その中に、たった今もらった花も、一緒にしまう。
1日ごとに、棚の中が明るくなっていく。
普段の生活には何の役にも立たない、ただ柔らかいだけの『光』。
最初は戸惑ったこの変化にも、もう抵抗がなくなった。

 

ジャメルには最近、新しい恋人ができた。
彼女は、一昨年このナルル王国にやってきた移住者だ。
彼自身と誕生日まで一緒という全く同じ年齢で、同じ日に生まれたとは思えないほどに何もかも小さい。
武術に関してはからっきしだが、その小さな体でくるくるとよく働く。
若いながらにエルグで上位の成績をたたき出し、去年はエルグ長にも選ばれた。
常に周りに気を配り、いつもニコニコと笑顔で、誰に対しても愛想が良い。
子供の頃からこの国で暮らしているジャメルよりも余程友人知人の類が多く、今では国内の人気ランキングトップに名が載るほどの娘。
交友関係は広い割に男女関係に関しては身持ちが硬く、複数の相手を同時進行…などという事は断じてしない。
基本を抑えた、魅力的な娘。
傍にいるのに何の問題も無さそうな娘。
そんな彼女…ポーラ・スターは今、全力で彼…ジャメル・トーンに向き合おうとしている。

それが少し、重荷でもあった。

重荷だったはずなのに。

蓋を開けてみれば、彼女は単なるいい娘ではなく、むしろ『どこかおかしい』娘だった。
何でも無難にこなしているのかと思ったら、生活的なところで致命的におかしなものを持っていた。
想定外の出来事に直面すると、途端に落ち着きをなくす娘だった。
年相応ではなく、見た目相応の子供っぽい部分が一気に顔を出す娘だった。
普段外で見ている、優等生っぽい行動の裏に隠れていた、素の『おかしな』彼女。
その意外性が、気になった。

もっと見てみたい、と、彼は思った。

 

« 


 

***

照れ隠しと言う名のコメント

中の人の個人的感覚からすると、シッパイデート(+ぱさぱサンドイッチ炸裂)の翌日に、お見舞いされた方からデートに誘うと言うのが本気でわからないのですが。
プレイ日記でもここでチラッと書いてますが、ジャメルさんは多分、ドジっ娘、ダメっ娘萌えの人だったに違いない(笑)。
って言うか、中の人の脳内でジャメルさんが微妙な『オカンキャラ』になったのは、多分ここから。
『見てらんなくて手を出す』の取っ掛かりがこのシッパイ初デートだったんだと思います。

 

« 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です