193年20日:ナルル王宮前の話-束縛と解放と-

「…行かなくていいのか?」
ジョシュアを見送るポーラに、横から声をかけられた。
声の方(やはりかなり上の方から降ってきた)を見ると、珍しくジャメルがポーラの方を向いて話しかけてきた。
「え、何で?」
聞かれた内容にも、状況に興味を持たれている(?)事にも驚いて、思わず間の抜けた返事をしてしまう。
「付き合ってるんじゃないのか?」
聞き返した言葉にさらに返され、もっと驚いた。
「何で知ってるんですか!」
「1度、出かけるところを見てるからな」
「そう言えばあの日、会ってましたよね。
 そっか、アレはロツパンの日でしたっけ。
 意外と覚えられてるんですね…」
「だから、ロツパン言うな」
それはつまり、多少はポーラの事も見ている、という事なのだろうか。まったく興味がない、というわけではないという事なのだろうか。
偶然とはいえ知られているのなら、現状も知ってもらった方がいいのかもしれない。
ロツパン発言に突っ込まれた事は軽く流して、ポーラは現状を報告した。
「あのね。ジョシュアさんとはこの前、お別れしたんです」
「…そ、そうか…」
「何でトーンさんの方があたふたしているんですか」
あっけらかんと告白したポーラに対して、むしろそれを聞かされた方が慌てている。
「いや、なんて言うか
 直前の気軽なやり取りを見た後だと、意外で…。
 でも実際、悪い事を聞いたと思った」
「別に悪い事じゃないですよ?」
見上げつつ、ふにゃんとした笑顔を返す。
「拗れたから、とか、嫌いになったから、とかでお別れしたんじゃないですし。
 …って、それはさっきのを見てればわかるか。
 ちゃんと2人とも納得して、『友達に戻りましょう』って感じで関係を解消したんで、
 むしろ、イイコトです。
 …あれ、何でそんなビックリしてるんですか?」
「いや…スッパリ判断したな、と」
「そうですか?」
「…」
ジョシュアと別れた事を報告した相手は、実はジャメルで3人目。
前の2人もやはり、似たような反応を示した。
そのうち1人は「フリーになったなら僕と付き合ってほしい」とか言ってきたが、「ごめんなさい…。って言うか、切りだすタイミングが悪すぎですよ!」とお断りした。
程度の差こそあれ、これが、この国の一般的な反応。
「…やっぱりトーンさんも、『おためし推奨派』ですか?」
「推奨派…?
 いや、そういうわけじゃない。ただ…この国ではそれが基本だな。
 だから、オレからしたら離れる判断が早すぎるように思った」
「早すぎる、ってのは他の方からも言われました。でも…」
ポーラはジャメルから視線をそらす。そらした視線の先にいたのは、数日前に別れた恋人。
投票は終えたらしく、別の女性たちと親しげに話をしている。
もちろん今は、ポーラの方を見る事はない。
「そうやってキープしている間はある意味、
 その相手を自分が束縛してるみたいな気がしたんですよね。
 たとえその相手が私の事を本気で思ってなくても。
 他に誰か気になっている人がいたとしても」
「…」
「少なくともジョシュアさんとの場合は、
 私は…ううん、多分ジョシュアさんも。
 お互いをこれ以上の気持ちで見る事ができるとは思えなかった。
 それがわかったのだから、私は、
 私からジョシュアさんを解放したかったんですよ」
実際にはジョシュアさんの方からお別れを切り出してもらったんですけどね。と、軽く笑う。
「束縛と解放、か…。堅苦しいな」
ジャメルのつぶやいたその言葉に、慌ててフォローを入れる。
「え? あ、別に皆さんにこうやって欲しいなんて思ってないんですよ。
 あくまでこれは、私のやり方。
 この国の『常識』はわかるんですけど、それでも。
 多分、私は同じようにはできないから。
 境界線のこちら側にいてくれる人は、1人でいいんです。
 …私が誰かと恋人関係になるのなら、その間はずっと、その人だけを見てますよ」
自分の気持ちはこうだけれど、だからといって他の誰かにまで同じ行動をさせる気はない。
誰かの行動を全否定するわけじゃない。
ただ、数多くある方法のひとつとして、自分の行動も許容してほしいだけ。
「それで、次の誰かを見つけるために別れた、と」
「そうです。だから今はフリーです。
 んー、でも別に、すぐに新しい相手を…とかは思ってないです。
 無理矢理相手を探すのも、なんだかなぁ、って…。
 のんびり生活していれば、きっといつかはいい人に会えるんじゃないかなぁ、
 って思ってます。
 …あれ?」
気がつくと、ジャメルがポーラの事を見下ろしていた。
その表情は、いつもの不機嫌そうな、興味の薄そうなものとは少し違う。
なんとなく、投票前に見たリタに対するあの表情に、近い。
「どうしました?」
「いや、面白い考え方だと思った」
「私はこの国の外から来た人間ですからね。
 やっぱり多少は、違った考え方になりますよ」
「…そんなものなのか…?
 厳密に言えば、オレも移住者だが」
また、今まで知らなかった情報が飛び込んできた。
「え、そうなんですか?」
「ああ。子供の頃に親と一緒に移住してきた。
 まあ、前の国の事はまったく覚えていないほど小さい頃の話だ」
「そこまで昔だと、もう、ココロは生粋のナルル国民って事で
 いいんじゃないでしょうか」
「心だけか」
「一応、カラダは移住者って事で残しました。そこはお仲間ですね」
「なるほどな」
よく考えると、この国は移住者に対して広く門戸を開いている。
自分が移住してきた翌日にも、別の移住者が入国している。
だから、自分以外にも移住してきた人がいてもおかしくはないのだが、真横にいる男がそうだとは思っていなかった。
「そっかぁ…移住者さんでしたか」
「移住者は結構多いぞ。
 たとえば、今回の候補者の半分が移住者だ」
「ええっ!」
「オレと同じように、リタも子供の頃に移住してきたと聞いているし、
 記憶違いでなければ、確かミローさんも移住者だ」
「そうなんだ…」
つぶやきながら広場内を見渡す。
そこにはたくさんの男女が集まっている。
よく話す人、たまに会う人、初めて見た人。
その一人ひとりに、ポーラが知らない色々な事情がある。
見ているだけではわからない。接してみなければわからない。
そういう意味では、確かに『おためし』と言うのは大事なのかもしれない。
(…それでもやっぱり、同時進行はちょっと抵抗あるかなぁ)
そんな事をぼんやりと考えていると、また、上の方から思ってもみない言葉が降ってきた。
「お前と話をしていると、楽しいよ」
「え…ホントに?」
驚いて見上げる。視線がぶつかる。
眼鏡の奥のその目は、冗談を言っているようには見えない。
「ああ。
 意外と話を続けられるな、と思った。
 …なんだその驚いたような顔」
「実際驚いてます…。
 あんまり私に興味ないんだろうなぁ、くらいに思ってましたから。
 ジョシュアさんとの事を覚えられてるとかすら、思ってなかったんですよねぇ」
「それでもオレに声はかけていたのか」
「もちろんですよ。『つながり』は大事ですからね」
ジャメルを見上げたまま、ふにゃんと笑う。
「…でも今日は、私の思ってたトーンさんのイメージとは違う部分を
 いろいろと知った気がします。
 美人な彼女さんがいるのとか、実は移住者さんだったとか。
 やっぱり、ちゃんとお話してみないとわからないものですよねぇ。
 今日は初めてものすごく話が長く続きましたし。
 って言うか私も、ジョシュアさんとの話をこんなにたくさんした事自体、初めてですよ。
 うん。私も、トーンさんとお話しするのは楽しいです」
「そうか」
「フフ、これからもよろしくお願いしますね!」
相手との距離が、少しだけ縮まった。
少しだけ、今までよりも仲良くなれた。
そんな時、ポーラはいつも相手に対して提案をする。もちろん今回も。
「…って事で、せっかく仲良くなれたんですし。
 これからは、名前の方でお呼びしても、いいですか…?」
「ああ、別に問題ない」
「良かった!
 じゃあ、私の事も『ポーラ』って呼んでいいですよ。…ジャメルさん!」
「わかった…ポーラ」
これが、相手を友人だと認識した証拠。
友人は名前で呼ぶ。
あの日、初めてできた友人に言われた言葉だ。
「ウフフー、これで2人の距離はグッと縮まりましたね!」
「早っ! 単純すぎだろう」
「…おおー、ツッコミ早いですね!
 そう言えばロツパンの時もソッコーで突っ込まれましたよね。
 ジャメルさん実はツッコミ体質ですか?」
「お前な…」
気安い発言に、気安く返されるのも、なんだかうれしい。
柔らかな雰囲気のまま、2人はのんびりと他愛ない話を続けた。
コンテストの結果が発表される時間まで。
地上に降りてきた数多の星の光の中で。

 

 

確かに、話をしていて楽しかった。
思っていたよりもずっと、話が弾む相手だった。
だから、エナの日の後も会うたびに挨拶をして、ちょっと話したりしていた。
ジャメルの表情も、当初よりもずいぶんと柔らかいものになってきていた気もした。
それは純粋に嬉しかった。
友人として。なんの力みも無く、気楽に接する事のできる相手になれたんだ、と思っていた。

 

…だから。

 

「オレと付き合ってほしい…」
「…ええー!」

 

こんな展開になるなんて、本当に思ってもみなかった。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

お別れを報告した2人、ってのは、ナディアさんとバルトロメイさんです。
(お別れ当日、偶然アラクトの恵み亭で近くにいるスクショが残っている。って言うかプレイ日記でも使いましたねコレ)
もちろん、「付き合ってほしい…」とか言い出したのはバルトロメイさんですよ(笑)。フリーになった当日ではなかったですが、ホントにやられましたからね。あの初カノさんできてからのはじけっぷりに、当事は相当ポカーンとしました。ポーラの選択肢は「ごめんなさい…」しか出なかったんですが。そりゃそうだろ(笑)。

『移住者』としているジャメルさん、リタさん、ロゲールさんは全員、「誕生日が3日でPC入国時に一人暮らし」のキャラです。
彼ら以外にこの条件を満たしているのは後1人。
誕生日の確認ができていない一人暮らしキャラもそれなりにいるので、もし全員移住者なのだとしたら、ナルルはホントに「移住者を広く受け入れる国」なんですよね。

「友人は名前呼び」は、うちの設定です。
「はじめての。」でもチラッと書きましたが、ゲーム上では家族または恋人にならないと、いつまで経ってもファミリーネーム呼びです。
何か淋しいので、うちでは友人以上になったらファーストネームで呼ぶようにしています。

 

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