196年3日:ルビの浜の話 -彼女の幸福-

「おはようございますジャメルさーん」
ぽふぽふ、ゆさゆさ。
「あさでーす。ごはんですよー」
ぽふぽふ、ゆさゆさ。
ポーラの1日は、ジャメルを起こす事から始まる。
ジャメルの起床時間も決して遅い方ではないのだが、エルグで働くポーラとティルグでの訓練を主な行動としているジャメルとでは、活動時間帯に少し差がある。
朝ご飯はいつも一緒に食べるようにしているので、ポーラの時間帯に合わせて毎朝起きてもらっているのだ。
「…起きないと、朝チューで起こしますよ?」
「…わ、わかった、起きる起きる…」
「これで起きられるのもビミョウなんですけど」
枕元においた眼鏡を探り当て、かけるところまで確認する。
まだ眠そうな夫の顔を見て、ポーラはいつものようにふにゃんと笑った。
「ご飯すぐ食べられるようにしておきますね」
「ああ…」
顔を洗い、寝乱れた髪を無造作に整え、身支度を整えてテーブルにやってきたジャメルが見たのは、『いつもの朝食』だった。
「…?」
「どうしました?」
「いや…なんでもない」
ポーラはいつもどおりの笑顔でジャメルが席に着くのを待つ。
そして、いつもどおり他愛ない話をしながら朝食を終えた。
「ゴチソウサマデシタ!
 …さて、と」
ポーラは席からゆっくりと立ち上がり、ちょっとだけ苦労してエルグ長のジャケットを羽織る。
鏡の前で帽子をかぶって、全体チェックも完了。うん、おかしいところはない。
「それじゃジャメルさん、私、先に出ますね。
 王宮前大通りで待ってまーす!」
そう言って、ポーラは家を出た。
後に残した夫の表情が何か言いたげに見えたのだが、今は見なかった事にした。

 

(…ジャメルさんは午前中には来てくれるんですから、
 もう、家から直接2人でお出かけしてもいいと思うんですけどねぇ…)
そんな事を思った事もあったが、『外で待ち合わせ』と言うもの事体がドキドキするものでもあった。
これは、恋人時代から変わらない。
少し早目に行って、ベンチで彼を待つ。
待っている間の時間も、苦にならない。
ここは、常に人通りが多い。
自分と同じように『誰か』を待つ者も、ここを通り抜けて目的地へ向かう者もたくさんいる。
そんな人たちと話をしている間に、待っている時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。
そして、そうしている間に、後からやってきたジャメルに声をかけられる事になるのだ。
実はポーラは、ここでの待ち合わせ中に彼に自分から声を掛けた事がない。
自分の方が先に着いて待っているはずなのに、どうしても相手から先に見つけられてしまう。
背の高いシルフィス・ティルグの男と、成人女性の平均からしてもかなり小さめのローク・エルグの女。
サイズ的にも色合い的にも。人ごみの中にいるのならどう考えても相手の方が目立ちそうなものなのに、どうしても先に見つける事ができないのだ。
この日ももちろん、負け。
「ポーラ!」
はるか遠くから呼ばれ、振り返ると、自分に向かってジャメルが走り寄ってくるところだった。
「…むー…」
「何だ、いきなり面白く無さそうな顔をして」
「なんでもないです。
 …ちょっと釈然としないだけで」
「?
 まあいい、今日はドコに行くんだ?」
「ルビの浜は?」
「わかった、そうしよう」
そうして2人は、ロークス港に向かって歩き出した。

 

ルビの浜は、若い夫婦の訪れる定番のデートスポットだ。
ポーラたちも何度か訪れている。
時には他の仲の良さそうな夫婦と一緒になることもある。
穏やかな波の音に包まれながら前方を見ると、海の向こうに見えるのは普段生活しているロークス島。
日常の中から少しだけ離れて、日常をあらためて感じる事ができる。
ポーラはここが好きだった。

この日のルビの浜は、砂の上をのたのたともふが動き回っているだけで、他に人影はなかった。
砂浜に足を取られないように注意して波打ち際まで進む。
時には後ろからジャメルが支えてくれた。
「…はぁ、やーっと着きました」
「大丈夫か?」
「もちろん平気ですよ。ありがとうございます」
そう言いながらも、ポーラは後ろに立つジャメルに寄りかかった。
後ろから伸びた手が彼女をそっと支えてくれる。
見上げると、優しく彼女を見下ろす瞳にぶつかった。
「ジャメルさん」
「何だ?」
「お誕生日、おめでとうございます」
その言葉に少しだけ驚いたような顔を見せたジャメルも、すぐに薄く微笑んだ。
「お互いにな。
 …朝から何も言わないから、忘れているのかと思った」
「忘れる訳ないですよ。
 同じ年、同じ日に生まれたんですから。
 私達、何もかも違うのに、ここだけは一緒ですからね」
「そうだな。
 生まれた国も、育った環境も、選んだ道も違ったからな」
「そこまで違うのに、今こうして一緒にいられるのって、やっぱり不思議ですよねぇ」
ポーラはしみじみとつぶやいた。
この国に移住してきた時、自分がここでどんな人生を歩む事になるのかなんて、考えてもいなかった。
いずれは誰かとめぐり合って、一緒に歩んで行く事になるのだろう、くらいの漠然とした感覚しかなかった。
そして彼女は彼と出会い、お互いに共に歩む事を選んだ。
今は彼が、誰より大切な人。
その大切な人に、自分が今できる事は。
「…それでね。せっかく誕生日ですし。
 何をしたらいいのかとか、何をあげたらいいのかとか、昨日真剣に悩んだんですけど。
 結局『これだ!』ってのを思いつかなかったんですよね。
 だから、決めました」
自分を支えてくれる両腕を、自分からもキュッと掴む。
そして目を閉じ、こう言った。
「これから先、ずっと一緒にいる限り。
 私が持っているもの、ジャメルさんが望むもの、みんなあげる!
 ジャメルさんに、もっともっとシアワセが増えますように!」
そして先ほどのように笑顔で上を見上げると…さっきまでは確かに自分の方を向いてくれていたジャメルが、わずかに上を見上げて視線を逸らしてる。
「…あれ?」
「お前…だから、そういう事いきなり言うなと…」
「?」
「…なんでもない」
ため息をつかれた。
(…おかしいな。何か間違った事言ったかなぁ)
腕の中で真剣に考える。が、正しい答えは出てこない。
(まぁ、いっか)
なので、深く考えるのはやめる事にした。
正しかろうが間違っていようが、もう決めた事。
今後の自分の行動自体は、揺るがない。
と、勝手に自分ひとりで納得してうんうんと頷いておいた。

そんなポーラに、頭上から声が降ってきた。
「なあ…」
「ハイ?」
見上げると、今度は視線がぶつかった。
「オレからも用意はしてないが…どうせなら何が欲しい?」
「え?」
ポーラはビックリして目を瞬かせた。
そう言えば、自分がする事は色々考えたのに、自分がしてもらう事は全然考えていなかった。
何が、何がって…そうですね…。
しばらく考えた末に、ポーラはこう答えた。
「…あのね。
 恋人同士になって、婚約して、結婚して。
 これまでずっと、たくさんシアワセをもらっているから、
 これ以上何もいらないのよ」
それを聞いて、ジャメルは少し渋い顔をした。
「お前、それズルイだろ…。
 『みんなあげる』『自分は何もいらない』って」
「だってホントなのよぅ」
ぐりぐり、ごろんごろん。
胸元に頭を押し付け、首の動きで不満を表現する。
「それに、ジャメルさんそういう事考えないじゃないですか。
 今までだって何かをくれるとか、そういう事なかったんですから、
 いきなり何か貰いたいか、って聞かれても、やっぱり思いつかないんですよ」
「まあ、確かに…」
実際いろいろと考えてみたのだが、思考の中でどの案を進めてみても、違和感しか感じない。
(『誕生日おめでとう、この花を贈』…誰コレ。って言うかジャメルさんが花摘むの?)
(『特別な日の記念に、ウィムの宝石を』…ナイナイ。第一そんなお金ドコから調達を…)
(『好きな時に使えるように、大きなロツを』…いや違う。むしろケーキを催促されてる気すらする)
(『どんな事があっても、オレはお前を守』…なんかいい気がするけど、こんなアツイヒトじゃないよね?)
…と、何の役にも立たないシミュレーションを延々と繰り広げているポーラの耳に、心に、静かな声が届いた。
「それなら…。婚約直後にも言ったけど、
 ずっとオレはここにいるよ。お前と一緒にいるよ。
 それでお前がもっともっと幸せになれるのなら」
「…うわっ!」
思わず変な声が出た。
「『うわっ』てお前な…」
「だ、だって今、かなり想定外のものをいただいちゃいましたから」
「言われてばっかりじゃないんだよ、オレも」
長い事一緒にいたから、かなり慣れた、と続いたその声。
なんだか胸の奥がほわほわと暖かくなって、ポーラはフフ、と笑った。
「ほらね。一番いいシアワセをくれたのよ。
 やっぱり、本人が言ってくれた言葉はしっくりしますよね」
「何の話だ?」
「なんでもないですー」
くすくす笑いながら、自分を支えてくれている両腕に、軽く触れる。
この腕が支えてくれる。
この声が伝えてくれる。
この人が一緒にいてくれる。
ただ、それだけで、私はシアワセ。
だから。
「これからもずっと幸せでいよう」
その言葉に、
「海のように大きなシアワセですね!」
すぐに言葉を返す事ができた。
「海よりも大きな幸せ、だよ」
「うん!」
潮風に吹かれて。
波の音に包まれて。
穏やかな空気に包まれたこの国で、ポーラは願う。
(どうか本当に、いつまでもシアワセでいられますように!)

 

 

「…でも、最初のプレゼントはもう、ここにいますよね」
そう言ってポーラは、自分の腹部にそっと触れた。
その手の上から、彼女の手ごと包み込むように、大きな手が添えられる。
「…そうだな」
「明日には、会えるね。
 2人で待ってるからね」
浮かべた微笑は、さっきまでの物とは微妙に違っていて。

 

それは「2人だけのセカイ」最後の日。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

って事で、当日のデートはルビの浜。
もちろんゲーム内史実です。

いろいろ理由があって、浜では延々と「後ろから抱きしめて」いてもらいました。
ポーラ視点でいろいろと語った結果、ホントに会話以外の部分もアフォな感じに(笑)。ジャメルさんメインの話では絶対出せない雰囲気です(笑)。
『役に立たないシミュレーション』のところは、自分で書いてて「何やってんのポーラ…」と素でツッコミを入れました。でもアレが彼女の素。
結婚前のひたすらキャッキャウフフだった頃よりは、多少落ち着いた気はしますが。それは中の人が思っているだけなのかもしれません。
やっぱりどっかおかしいよポーラ。

ジャメルさんはちょっと頑張ればほんのり甘めな事も言えるようになってきました。
ただやっぱり不意打ちなので、受け取る側が雰囲気をダイナシにしています(笑)。
自分が直球でラヴを表現するのは全然平気なのに、相手からほんのり直球気味に表現されると、それを「イイカンジ」に受け止めることができないオンナ。
この子相手じゃ甘い雰囲気にはならないですよ。
ホント、某所に嫁入りしたNPCポーラとその婚約者様の甘々っぷりは、中の人から見ても奇跡だと思う(笑)。
よっぽどお相手がこういうのに耐性あったんでしょうなぁ。うちのジャメルさんじゃ、無理。

 

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