198年2日:王宮前大通りの話-おとなって、すごい-

「どうしよう…」
ひとりでいえをでてきたけど、おいわいって、なにをしたらいいのかなぁ。
いまのぼくは『のーぷらん』です。
パパもママも、たくさんおこづかいをくれるので、おかねはいっぱいもってます。
プレゼントをかってあげることもできるけど…なにがいいのかなぁ。
っていうか、おとなのひとへのプレゼントって、どんなのかなぁ。
かんがえながらあるいていたら、だれかにぶつかりそうになっちゃいました。
「あっ、ごめんなさい…」
「あら、もしかしてアンタレス?
 珍しいわね一人なんて」
かおをあげると、そこにはママよりもせのたかい、キラキラしたかみのひとがたっていました。
このひとはリタ・ケレルさんです。ママのおともだち。
パパとおんなじいろのふくをきています。やっぱり『シルフィスのきし』なんだって。
むかしパパとも『いろいろあった』ってきいたことがあるけど…、いろいろってなんだろう?
「ケレルさん、おはようございます!」
「おはよう。
 普段はポーラかジャメルにくっついて家の周りを歩いてるくらいしか見かけないのに、
 こんな所まで1人できたの?」
「こんなところ?」
「そうよ。ここは『王宮前大通り』。
 来た事くらいはあるでしょ」
「うん。きょねん、パパのしあいをみにきたときにきました」
「それなら帰り方もわかるわね」
「だいじょうぶです!」
ぼくがそういうと、ケレルさんはぼくのあたまをなでてくれました。
「…で、どうしたのよ今日は」
「うん…」
もしかしたら、こういうのはおとなのひとにきいたらわかるのかもしれない。
ママもいつも、「わからないときは『わからない』っていうと、ちゃんとみんながおしえてくれるのよ」っていってます。
ケレルさんはパパのこともママのこともしってます。もしかしたら、すっごくいいことをおしえてくれるかもしれないです。
ぼくは、ケレルさんにきいてみることにしました。

「…ふーん。誕生日ね」
ケレルさんは、ぼくのはなしをきいてくれました。
「そういえば、明日はそうだったわね…」
「たんじょうびには、おいわいをするんだっていわれました!」
「大体想像がつくけど…誰に聞いたの?」
「ママです!」
「やっぱりポーラね。
 それで、どうやってお祝いしたらいいのかわからない、って事ね」
「うん…」
ケレルさんは、ちょっとだけかんがえてから、ぼくにいいました。
「それなら、お花をあげればいいのよ」
「おはな?」
「そう。
 この国にはあちこちにたくさん花が咲いてるでしょ?
 それを摘んで、2人にあげたらいいの。
 それで、笑顔で『おめでとう』って言ってあげればいいわよ」
「おはなかぁ…」
ぼくのおうちのちかくでは、おはなをつめるところがありません。
りょうりでつかうきのことか、いいにおいのするくさとかなら、いっぱいとれるんだけどなぁ。
「あのね。おはなって、どこでつんだらいいの?
 それから、パパとママには、ナイショにしたいの…」
「ナイショに?
 それなら、そうね…。
 あたしの家の近くで摘んだらいいわ」
そういってケレルさんは、ちかくにあるかんばんのところにぼくをつれていきました。
このかんばんは、あっちこっちにたっています。
このくにのちずといっしょに、かんばんがたってるばしょのことがかいてあるみたい。…ぼくはまだ、じがよめないので、よくわかんないけど。
ケレルさんはぼくをかかえあげて、ちずをみせてくれました。
「ここが、今あたし達がいるところ。
 それからここが、アンタたちの家があるところね。
 わかる?」
ひとつひとつ、ゆびさして、ばしょをおしえてくれます。
「うん!」
「で、あたしが言ったのは、ここ」
ケレルさんがさいごにゆびさしたのは、ここよりももっとおうちからはなれたところでした。
ここからだと、ちょうど、ぼくのおうちとはんたいほうこうです。
「最近のポーラは、基本的にこの辺りには来ないわ。
 それからジャメルはティルグによく顔を出すけど…って、ティルグはこの下ね。
 普段は多分、こうやって王宮前通りを通って移動するはずだから、
 この近くは通らないのよ。
 だから、ここなら安心よ」
ケレルさんは、パパのとおるみちもおしえてくれました。
「他にも2人が行きそうにない場所はあるんだけど…。
 バスの浜の辺りは…多分ないと思うけど、ジャメルが通る可能性があるしね。
 多分、ここが一番秘密にできるわよ」
「…でも、おはなでいいのかなぁ。
 あちこちにたくさんさいてるから、『とくべつなプレゼント』になるかなぁ」
「ああ、それなら大丈夫よ」
ぼくのしんぱいも、ケレルさんがけしてくれました。
「ポーラもね、昔はよくジャメルに花を贈ってたわよ」
「ママが?」
「そう。
 あたしが驚くほど、毎日、毎日ね。
 一時期、ジャメルの棚の中はポーラから贈られた花でいっぱいになってたらしいわ。
 …だから、2人はうまくいったのかもしれないんだけど」
さいごは、すこしこえがちいさくて、よくきこえませんでした。
「え?」
「なんでもないわ。
 大体、プレゼントなんて何でもいいのよ。
 ポーラなら多分、こう言ったんじゃないの?
 『プレゼントをあげる事で、自分の気持ちをあげるのよ』みたいな感じで」
「あっ!
 そういうのもいってました!
 …よくわかんなかったけど」
「意味はまだわかんないか。
 プレゼントをもらった方は、相手が自分の事を好きなんだってわかるのよ。
 嫌いな人には、何もあげたくないでしょ? そういう事よ」
「だから、あげるものはなんでもいいの?」
「あげるお花は、自分で頑張って選ぶんでしょ。
 もらう方は、それも嬉しいのよ」
「そっか!」
やっぱりケレルさんはおとなのひとです。
すっごくだいじなことをおしえてくれました。
だいじなのは『だいすきっていうきもち』なんだ。
ぼくは、パパもママもだいすきだから、パパにもママにもきれいなおはなをあげたいなぁ。
おとなって、こういうこともしってるんだ。すごいなぁ。
ケレルさんにおろしてもらってから、ぼくはおれいをいいました。
「ありがとうございます!
 ぼく、これからおはなをつみにいってきます!」
そういってみあげたら、ケレルさんはほんのすこしだけわらいました。
「気に入ったのが見つかるといいわね」
「うん!
 それじゃぼく、がんばります!」
ケレルさんにいいえがおでおじぎ(「えがおでごあいさつはだいじよ」って、いつもママにいわれてます)をしてから、ぼくはおしえてもらったばしょにはしりました。

 

***

 

「…ナイショ、ねぇ…。
 ま、気持ちはわかるけど、さすがに放置って訳には行かないわよね」
西公園の方に向かって走り去ったアンタレスを見送りながら、リタは軽くため息をついた。
この国は、平和だ。子供が一人で遊んでいても、何の問題もない。
しかし、問題がない事と親が心配しない事は違う。
彼の『小さな望み』は尊重するが、一応今の事を軽く伝えておいた方がいいかもしれない。
知っていてもそれをごまかせる方は…やっぱりポーラか。
「…あ、リタさーん!」
そこまで考えた時、ちょうどそのポーラが東公園の方から笑顔でリタに走り寄ってきた。
「おはようございまーす!」
「おはようポーラ。いい時に来たわね。
 って…。
 あらためて見ると、アンタレスは笑うとホントにアンタに似てるわね。
 普段の顔つきは、ジャメルの方に似てるのに」
「え、何でいきなりアンタレス君?
 それに、いい時ってどういう事?」
「さっきまで一緒にいたのよ。
 それでね…」
リタはポーラに、先ほどのやり取りを話して聞かせた。
ただし、彼の望みのために『何故』の部分についてはぼかしておいたが。
「…って事で。
 あの子は一人でメイビ通りの北の方にいるはずだから。
 もしかしたら洞窟前とかかもしれないけど。
 夜になっても姿が見えないようだったら、あの辺りまで探しに行ってみるといいわ」
「メイビ通り…。アンタレス君にしては大冒険ですね。
 ありがとうございます。
 あんまり遅かったら、行ってみるのよ」
ポーラはふにゃんと笑う。
その笑顔は昔と変わらないが、子供の話をする時は、なんとなく『母』の顔になる。
「あたしも、いつかはこうなるのかしらね…」
「何が?」
「あなた、顔つきがすっかりお母さんよ」
「そ、そうですか?
 …まぁ実際お母さんなんですけどね」
「お母さん…」とつぶやきながら、ポーラはムニムニと自分の顔を触る。
そして、
「リタさんだって、もう少ししたら結婚するんじゃないですか」
リタを見上げながら、そう言った。
「まーね」
「だからリタさんだって、すぐにこうなるのよ」
「そうかしら…?」
リタ自身は、自分がポーラのようになるという事が想像できない。
それでもいつか。
結婚して、年を重ねれば。『女』であり『母』である事になるのかもしれない。
でもそれは、そうなってから考えればいい事。
今考えても答えの出ない問題については先送りにする事にして、リタは思考を打ち切った。
「…まぁ、いいわ。
 そうそう。
 あたしがこの話をしたってのは、アンタレスには秘密にしといてね」
「え…?
 いいですけど…何で?」
「色々あるのよ」
「はぁ…」
不思議そうな顔でポーラはリタを見上げる。そして。
「…うん、色々あるのね。
 じゃあ、もし探しに行く事があったりしたら、メイビ通りには偶然行った事にするのよ」
何をどう納得したのかはわからないが、笑顔で了承した。
「多分、バレない方がいいんですよね。
 じゃあ…ジャメルさんにも言わない方がいいかなぁ。
 口にはしないけど、行動には出ちゃう人ですからねぇ…」
リタが何も言わないうちに、ポーラは勝手に判断する。
それは、リタが思っていたのと同じ事。
(…自分の旦那の事は、よくわかってるわ…)
もしかしたら、その位置にいたのは自分だったのかもしれない。
でもそれは、もう過去の事。
後戻りできない過去については、もう考えない。
自分はもう、共に歩む別の人を見つけたのだから。
「まぁ、その辺は任せるわ。
 じゃ、よろしくね」
かつての恋敵、そして今は親友である女性に軽く手を振り、リタはその場から立ち去った。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

ちなみに、リタさんはこの数刻後にはティルグを辞めてます(笑)。

アンタレス君はプニプニかわいい子(おやばか)ですが、実は「いいものあげる!」な台詞がなかなか出ない子でした。
この辺は多分、恋人時代から結婚後までずっと、ポーラに何一つプレゼントしてくれなかったジャメルさんの血を色濃く引いているんだと思います(笑)。
後、「きれいなお花をあげます!」って言ういかにも子供らしい事が思い浮かばなかったのは、無駄に金持ってたからって事で。
ポーラがあげたんじゃないんだよ。ジャメルさんなんだよ。結構な頻度で「おこづかいを~」とか言ってるのを見かけたんだよ。
下手すりゃポーラの所持金より多めに持ってる事すらあったんだよアンタレス君(笑)。
(それはポーラがあまり「換金」をしないからです)

 

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