194年1日:ナルル王宮前の話-見間違う-

194年。
ナルル王国の年の初めは、新年祝賀の儀から始まる。
国民のほぼ全てが花のアトリウムに集まり、陛下と王配殿下の挨拶を賜る。
この国の女王陛下は現在24歳。
キリリと背筋の伸びた、この国の美しき象徴だ。
その声は年老いた今もなお、アトリウム中に響き渡るような朗々とした声量を保っている。
「神よ、ナルル王国と民に、末永き繁栄をもたらしたまえ!」
女王の挨拶に、国民全てが沸き立った。

 

新年祝賀終了後、アトリウムから外に出ようとしたジャメルは、出口付近に最近良く見るロークカラーの帽子を見つけた。
自分と同じように、外に出ようとしているらしい。
あの帽子を被っているのは1人しかいない。
出口へ向かう人の流れに乗って、彼も外に出た。
アトリウム内は光に満ちて明るい。それでも急に屋外に出ると、朝の日差しが目に眩しい。
帽子のつばで光をさえぎりながら人波を見回すと、少し離れた場所にさっきの帽子を見つけた。他人にぶつからないよう注意しつつ、速足でそちらに向かう。
そして、いつものように声をかけようとしたところで違和感に気付いた。
想定よりも帽子の位置が、高い。
普段の彼女よりも、物腰が落ち着いている。
そして、帽子の裾から見える髪は、見事な白髪。
彼の気配を察知してか、彼女が振り返った。
そこにいたのは、昔からよく知っている近所の女性だった。
「ブラディさん…」
「あらジャメル君、新年おめでとう」
「おめでとうございます。
 いや、あの、オレもう成人しているんで、その呼び方は…」
「あ、ごめんなさいね。そうよね、もう一人前の男だったわね。
 ところで。もしかして、ポーラちゃんを探しているの?」
…何故かバレている。
(吹聴した覚えはないんだが、もしかしてポーラが話したのか)
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、しかし、さすがにそれはない気がした。
「え、あ、はい」
「今年はポーラちゃん、エルグ長じゃないの。
 でも、ダメじゃない。
 服装じゃなくて、ちゃんと本人を認識してあげなきゃ」
「はあ…」
子供の頃を知られている年配の女性に接するのは、どうも苦手だ。いつまでも子供扱いをされている気がする。
この状況からどうやって抜け出そうかと、ジャメルが悩んでいると、2人の横から別の声が聞こえてきた。
「アンネリース、どうしたのよ」
やってきたのは、ローク・エルグの服を着た女性だった。
「ナディア。新年おめでとう」
「おめでとう。
 あら…あなたもしかして…」
ナディアと呼ばれた女性はアンネリースに挨拶を返し、その後ジャメルの方を見る。何か思い当たる事があるようだ。
「フフ、ナディアの思った通りよ。
 ポーラちゃんを探しに来たの」
「あのウワサの…。やっぱりね」
彼の知らないところで、噂が広まっているらしい。
ジャメルは心の中で頭を抱えた。
気をつけていたとは言え、思っているよりも自分の行動は国内に広まっているのかもしれない。
「そういえば、今日はまだポーラを見てないわね。
 何処にいるのかしら」
ナディアがアトリウムの入り口を見ながらつぶやく。
ジャメルもアンネリースも、同じ方向を見た。
入り口辺りで他の友人知人に捕まっている可能性が高いからだ。しかしそこに姿はなかった。もしかしたら、まだアトリウム内にいるのだろうか。
…と思っていたら。
「あっ! ナディアさーん、アンネリースさーん!」
声は3人の想定とはまったく逆の方向から聞こえてきた。
大通り方面から3人の方に向かって走ってくるのは、紛れもなくポーラ。
昨日まで身につけていた帽子もジャケットもない、年相応の一般エルグ員の姿だった。
3人のところにたどり着いたポーラは、軽く下を向いて息を整える。
そして元気よく挨拶をした。
「新年おめでとうございまーす!
 …あれ? ジャメルさんもいる。おめでとうございますー!」
(おい、オレはついでか)
ジャメルは心の中で突っ込みを入れた。
傍でナディアがため息をつく。
「あのねぇポーラ。
 ここにいる3人で1番目立ってるのは、どう考えても彼でしょ。
 それでどうして、あたしたちの方に先に気付くのよ」
「え…ええー? そう言われても…」
ほんの少し困り顔のポーラを見て、アンネリースがくすくす笑う。
「ポーラちゃんらしくて、いいと思うけどね。
 ところで今日はどうしたの? 新年祝賀に来てないなんて思ってなかったわ」
「それが…。
 初めての場所へのお引越しで舞い上がっちゃって、
 家の周りを見て回ってて、忘れちゃったんです」
照れたように笑うポーラ。
エルグ長ではなくなったので、年明け早々にエルグ長邸宅から引っ越したらしい。
それを聞いて、ナディアが疑問を口にする。
「ハァ? アナタ引越し自体は初めてじゃないでしょ?
 何にそんなに反応したのよ」
「周りの家にです!」
「え?」「え?」「え?」
3人の声が見事に一致した。
周りの困惑を無視して、ポーラは話す。
「あのね!
 今度の場所は、周りに人がたくさん住んでいるのよ!
 あの地区の家、全てに誰かが住んでいるのよ!
 今日はまぁ…ちょっと静かでしたけど、これから毎朝、たくさんの人に会えるの!」
「それって、珍しい事…?」
「ハイ!
 だって、私がこの国に来てから住んだ家で、
 同じ地区に他の人が住んでるのって初めてなんですよ。
 『ご近所さん』がいる環境って、なんだかアコガレでした!」
「…そういえばポーラ、最初の家の周りには誰も住んでいなかったのよね」
かつてを思い出すように、ナディアがつぶやく。
「で、去年はロークエルグ長邸宅、か。
 確かにそれだと、そばに誰かがいる生活は嬉しいかもしれないわね」
アンネリースも続く。
2人の言葉にポーラは、心の底から嬉しそうな笑顔を返した。
「でしょ?」
…それは、ジャメルにとっては当たり前の環境だった。
子供の頃に移住してからずっと、彼は今の場所に暮らしている。
周りの家には常に誰かが暮らし、朝も夜もにぎやかな家の周り。
時にはそのざわめきがわずらわしいとさえ思う事もある。
ポーラはこの国に来てから、ずっと、そんな暮らしに触れる事がなかったのだ。
「ポーラ」
「はい?」
「家は何処になったんだ?」
「あ、そうだ言ってませんでした。
 メイビ区です。メイビ区の一番奥の家なのよ」
彼女の口から出たのは、慣れ親しんだ地名。
「メイビ区か…近くなったな」
「あれ、もしかしてジャメルさんもメイビ区ですか?」
「ああ。
 どうやら同じ地域では無さそうだけどな」
「それでもじゅーぶん『ご近所さん』なのね。
 明日からは毎朝、会う可能性ができたんですね」
そう言って笑顔でジャメルを見上げる。直前にも見た、心の底から嬉しそうな笑顔。
その笑顔を真正面から受け止め、つられてジャメルも微笑んだ。
「…そうだな」
「ちょっと嬉しいですね!」
ウフウフと浮かれるポーラの目に、ちょうどアトリウムから出てきたアントワーヌ陛下が映った。
「…あっ、アントワーヌ陛下だ!
 新年祝賀に出られなかったから、せめて新年のご挨拶だけでもしてきます!
 それじゃ皆さん、また後で!」
そう言ってポーラは女王陛下の所へと走り出そうとした。
「あ、ポーラ!
 『あの話』、ちゃんと本気で考えなさいよ!」
その後ろから、ナディアがポーラに呼びかける。
急に引き止められた形になったポーラは2、3歩進んで振り返る。
…顔が微妙に赤い気がするのは気のせいだろうか。
「ええー!
 い、今その話ですかー!?」
「釘を刺しただけよ」
ニヤリと笑うナディアを見て。
その横でニコニコ笑うアンネリースを見て。
最後に、何の事だかわかっていないジャメルを見て。
「こ、今度からがんばりますー」
ポーラはヨロヨロと走り出した。

「…かわいいでしょ、ポーラちゃん」
ぼんやりとポーラを見送るジャメルに、横から声がかかった。
「はい…あ、いや…」
思わず正直に答えてしまう。
慌てて取り繕おうとするジャメルを見て、アンネリースはくすくすと笑った。
「彼女、1人が苦手な娘なの。
 この先どうなるかなんてわからないけれど。
 もしもうまくいく事があったなら、その時は、ポーラちゃんをよろしくね」
「もちろん、無理にとは言わないけどね。
 どうしてもダメなら、あっさり終わらせちゃっても大丈夫だと思うわ。
 その辺りはスパッと決断を下す娘でもあるから」
ナディアが後を続ける。
どうやらポーラは、この年配の2人にかなり可愛がられているらしい。
その割に「何が何でも幸せにしろ」などと無茶な事を言われなかったので、ジャメルはかなり安心した。
「…ありがとうございます。
 では、オレはこれで」
2人に一礼して、ジャメルは王宮前から歩き去った。

 

「…アンネリース、どう思う?」
ポーラが走り去り、ジャメルもいなくなった後。
ナディアはアンネリースに声をかけた。
「あの2人の事?
 そうね、意外とうまくいくんじゃないかしら」
「どうして?」
「上手く言えないんだけど…。
 彼は、自分から星に向かって行動を起こしているから、かな」
「星…って、それ、年末の話の事?」
「そう。
 ポーラちゃんは多分、押しに弱い娘、近づいてきて欲しい娘よ」
「ああ、それはそうかもね」
2人で同じ方向を見る。
そこにはポーラがいて、女王陛下と楽しげに話しをしている。
その光景を見ながら、ナディアは口を開く。
「あたしはね。最初、ちょっとどうかな、って思ったのよ」
「あら、それはどうして?」
「ウワサは色々と入ってくるわ。
 良く聞く、『ポーラが延々とつれなくしている』ってのから
 『彼はポーラに対して本気ではない』ってのまで、ね」
「それも聞いた事はあるけどね」
「だから、さっきあたしが言ったのは、
 あのウワサが真実なら『傷を広げる前にさっさと離れろ』って、
 牽制の意味もあったのよ。
 …でもね」
ナディアは視線をアンネリースに移した。
アンネリースもナディアを見る。
「今初めて2人のやり取りを見たんだけど、
 意外と、ポーラとペースが合ってるように思えたのよ。
 なんか、雰囲気が、ね。
 最初はどうだったのかわかんないけど、
 多分、今の彼はかなりポーラに引きずられてるわね」
少し笑いを含んだ表情で、そう言った。
「あら、ポーラちゃん『魔性の女』疑惑?」
アンネリースが茶化す。
「そんなたいそうな娘じゃないでしょ」
ナディアも返す。
軽く笑いあうと、2人は揃ってポーラたちの方に向かって歩き出した。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

24歳で『年老いた』って書くとすごく抵抗がありますね。
しかしナルル年齢は実年齢の1/3なので、リアル換算すると72歳。確かにおばあさんなんだよなぁ。

『星のキモチ』の時、特に必要ないだろと思って調べなかったのですが。
ジャメルさんとアンネリースさんは、実は超・ご近所さんでした。
(ジャメルさんはメイビ区3-2で、アンネリースさんはメイビ区3-3)
多分アンネリースさん、ジャメルさんの事を子供の頃から知ってるわ。「シルフィスの男の子」なんて言い方しないわ。下手すりゃ『君』付けで呼んでたわ。
(なのでこっちではそのままそう呼ぶ事にした)
まぁ、あの日は本人いないし、知ってる事を教える必要も無かったから、って事にしておく。

 

ポーラよりは多少、周りの状況に気を使っていたジャメルさんですが、どんな状況だって見ている人ってのはいるものです。
って言うか、自分は国に10人しかいないシルフィス・ティルグの若き騎兵。相手は国に1人のローク・エルグ長(去年の話)にしてこの国1の人気者。
誰にも知られてない、って考える事の方がおかしい(笑)。そりゃウワサにもなりますよねぇ。

 

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