194年13日:ロークの畑の話-わたしの場所-

ポーラの朝は早い。
毎朝、誰よりも早く家を出て、ローク・エルグに向かう。
(恋人ができて、毎朝話をするようになってからは、エルグへの到着は少しだけ遅くなった)
まずはココモ農園に走りこむ。
ココモを育てるのは、ローク・エルグの大事な仕事だ。
農園内の全てのココモをチェックして、虫がついていたら丁寧に取り除く。
これは、ポーラがこの国に移住してきてから毎年やっている作業だ。
雨の日も、休日でも。Dランクだった頃からの夏の間の日課だった。
作業後にローク・エルグに戻ってくると、その頃には他のエルグ員たちが仕事を開始している。その人たちに混ざって、太陽が頭上を過ぎるまで働く。午後からは自由時間。それがいつものポーラだった。
夏至の儀式も終わり、日差しが『暖かい』から『暑い』へと変わりつつある季節。
畑の人々は、額に汗をにじませつつも、いつものように笑顔で仕事にいそしんでいる。
昨夜ナルル王国に現れた聖獣バフカがロークに来てくれた事も、彼らの笑顔の理由の1つでもある。
バフカの来たエルグには、豊作が約束される。
今年も、去年もバフカはロークに来てくれた。おかげでココモの生育も順調だ。
日々の収穫でも、比較的生育のよい作物を収穫できている。
笑顔で、でも真剣に土と向き合っているローク・エルグ員たち。
ポーラもいつも、その中の1人。率先してエルグと畑を往復している。

ポーラにとって、ローク・エルグで働くのは、とても楽しい事だった。
ここに来れば、大体誰かいる。
顔も知りの人も、友人もいる。いつも笑顔で迎えてくれる。
もちろん、話す内容は楽しいだけの事ではない。
うまくいかない恋に苦しむ話や、生涯の伴侶をなくして悲しみにくれる話。時には家族の愚痴話。
でも、それすらも『ひとり』のポーラにとっては大切な会話。
ともに喜び、ともに悲しむ。寂しくない。
ポーラは思う。
もう少ししたら自分はまた、自分に家族がいない事を寂しく思うのかもしれないけれど。
…少なくとも、ここが今の『私の場所』だと。

だけど。
今日のポーラは、朝からそわそわ。
『自分の場所』にいるのに、酷く落ち着かない。
ワクマの種をもらって収穫し、収め、新たな種をもらうたびに空を見上げる。時間をしきりに気にしている。
あまりに頻繁なその行為を気にしたエルグ長のアンネリースが、畑でポーラに声をかけた。
「ポーラちゃん、今日はどうしたの?」
「あ、アンネリースさん…。
 ごめんなさい、今日はちょっとお昼に予定があって…」
「お昼に予定? ポーラにしては珍しいわね」
偶然そばを通りかかったナディアが、2人に気付いて会話に加わった。
アンネリースとナディアは、ポーラの親友だ。
ポーラと3人、Aランカーとしてローク・エルグを引っ張っている。
まだ年若いポーラにとって、この2人は親友であると同時に人生の先輩でもある。
祖母と孫ほどの年の差のある3人の友情は、ポーラが移住してきてから緩やかに続いていた。
「アナタいつも遊びに行く時は、朝からよね。
 じゃあ、いつもの子とは関係ないの?」
「そういえばそうね。
 ジャメル君はどうしたの?」
ポーラにとってちょっと気になりはじめた恋人も、2人にとってはまだまだ未熟な男でしかない。
表現の仕方も、子供に対するそれと変わらない。
「え、えっと、関係なくはないです。
 でも、遊びに行くわけでもないのよ」
「ジャメル君には関係しているのね。
 …ああ、そっか。今日は試合の応援に行くのね」
ほとんど何も言っていないのに、アンネリースにあっさりと言い当てられた。
「な、何でわかるんですか?」
「何でって、ティルグリーグの試合は毎年同じ日程だもの。当然よ」
ナディアもすぐに返す。どうやらこの国では当たり前の事だったらしい。
「ナディアも昔はティルグ員だったしね」
アンネリースの口からさらりと出た言葉は、ポーラの知らない親友の過去。
「えっ、そうなんですか?」
「若い頃に、ちょっとね」
「ナディアは『ちょっと』なんて言ってるけど、結構長い事やってたのよ。
 ティルグ前の掲示板に名前が載っていた事もあるし」
「そうなんだ…」
ワクマの収穫の手を休めて、ナディアを見る。
そういえばナディアは、年齢の割にはすらりと背筋の伸びた美しい姿勢を保っている。
それも、かつてティルグで鍛えていたからなのだろうか。
「昔ティルグで頑張っていて、その後でエルグ長の経験もあるって、すごいですよねぇ…」
「あたしの事はどうでもいいのよ。
 今はポーラ、あなた自身の話でしょ」
ナディアは自身の話を早々に切り上げ、話を元に戻した。
「わかる理由はもう1つあるのよ。
 ある意味、彼自身も有名なの。
 この国最年少の騎士様だからね」
「そ、そうなんですか?」
「…ホントに何にも知らないのね。
 もうちょっと恋人にも興味持った方がいいわよ」
「興味持ったから見に行くんですってば!」
ナディアの指摘に慌てて抗議の声を上げたポーラに、今度はアンネリースが反応する。
「へぇー。
 つまりポーラちゃん、今回はちょっと本気?」
「ほん、き、って言うか…。
 そ、そ、そういう事聞くの、きんしですー!」
「あらどうして?
 そこが一番大事なところじゃない」
「そ、そうですけどー!」
ポーラは気付いていない。
彼女たちとの会話時の声がだんだん大きくなっていっている事を。
そしておかげで、彼女の現状、感情が、他のローク・エルグ員たちにも筒抜けになっている事を。
これは、ロークの畑ではおなじみの光景。
作業中のエルグ員たちは、Aランカー同士のいつものやりとりを横目で見つつ、時には軽く苦笑も交えつつ。連日、自分の作業をこなしているのだ。
ポーラの慌てっぷりを見たナディアは、苦笑しつつ口を開いた。
「まぁどっちにしても、見に行くのはいいんじゃない?
 あなた今まで、本当に仕事の事しか興味ないような生活だったんだし。
 知らない物に興味を持つのは、いい事だわ」
「そうね。
 1回見て、興味が持てそうになかったら、次からは行かなきゃいいんだし。
 今日は楽しんでいらっしゃいな」
ナディアの提案にアンネリースも同調する。
2人の発言を受けて、ようやくポーラはいつもの調子を取り戻し、収穫した4つのワクマを抱えて立ち上がった。
そのうち2つは、通常のワクマよりも鈍く光っている。黄金色と言ってもいいくらいに。
「2人とも、ありがとうございます。
 じゃあ、ちょっと早いですけど、私これで抜けますね」
「いってらっしゃい、ポーラちゃん」
「そうそう、せっかくだからその黄金のワクマ、軍資金にしたら?」
「…軍資金?」
「市場には、試合を応援する時に使うような物も売っているのよ。
 使うかどうかはともかく、見ておくのもいいんじゃない?
 で、気に入ったのがあったら、ワクマを売ったお金で買えばいいんだわ」
「エルグ長としては、ちゃんと納品して欲しい気もするんだけどね。
 でも、ポーラちゃんはいつもいつも頑張って納品してるし、
 黄金のワクマの1つや2つ、いいんじゃない?」
アンネリースも同調する。
納品してから出ようと思っていたポーラだったが、2人の言葉を聞いて思い直した。
「…そういうのもあるんですね。
 やっぱり、知らない事もまだまだいっぱいあるんですねぇ。
 まだ時間も結構ありますし、せっかくですから市場にも行ってみます」
そう言うとポーラは、収穫したワクマを抱えてロークの畑を出て行った。
アンネリースとナディアは、その姿を笑顔で見送った。

 

「…ポーラちゃん、どうなのかしらね」
ポーラがいなくなった後。
アンネリースはナディアに声をかけた。
その表情は先程までとは微妙に違う。いつもの笑顔の中に年若い友人に対しての心配が見えている。
「ジャメル君は決して悪い子じゃないのよ。
 昔から知っているけど、少し愛想がないだけで、普通の男の子だわ。
 でも…」
アンネリースは、ジャメルの別の恋人について心配しているらしい。
彼自身が本気で追いかけているのはポーラではない、と言われている事も心配の1つだった。
この国では、1人が複数の恋人を持つ事も決して珍しくない。
ポーラのようにたった1人とだけ付き合うのは、いないわけではないが少数派なのだ。
「あたしも別に楽観視はしてないけどね。
 でもねぇ…。少なくとも最近あたしが聞く話だと、
 彼はポーラと付き合いだしてからは、
 本命と言われている娘と遊びに行ってないみたいなのよね」
ナディアはロークの情報通だ。
仕事帰りに必ず立ち寄るアラクトの恵み亭で、日々、たくさんの情報を仕入れている。
アラクトの恵み亭に集まるのは大半がローク・エルグ員だが、彼らがエルグの外で見聞きした情報も酒場では頻繁にやり取りされる。ジャメルの事も、その1つだ。
「もちろん、行動全てを知っている訳じゃないから、
 もしかしたら誰も見てない所では真剣に付き合ってるのかもしれないんだけど。
 ポーラ自身の話と合わせると、とても他の誰かと遊んでる余裕なんて無さそうなのよねぇ」
「そうねぇ。
 しかもポーラちゃん、
 毎回誘われてて自分からは1回も誘ってない、なんて言ってたものね」
「ここだけ聞くと、逆に他の相手が本命だ、って情報の方が嘘っぽく感じるわよね」
2人は顔を見合わせ、軽くため息をついた。
「…どうなるにしても、本人たちが決める事だわ」
「私たちは見守るしかできないんだけどね。
 でも、ポーラちゃんには幸せになって欲しいのよ。
 彼女が本当の意味で『1人』じゃなくなるようにね」
「…昔の自分に重なるの? アンネリース」
「そうね、そうかもしれない。
 私には今、そばにいてくれる、寄り添ってくれる人がいる。
 ポーラちゃんにも、そういう相手が見つかるといいな、とは思っているわ」
「そうね。
 あの娘が本気で笑ってられる状況が、早く来るといいわね」
ナディアはそう言って、この話を話を切り上げた。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

ポーラの朝が早いのは、単に朝食をとってないからです(笑)。
前にも別の場所で書きましたが、ちゃんとご飯作って食べるって事をしてなかったのですよ中の人は。

この頃は毎年バフカがロークに来てくれてました。
数年後には、シーラに向かう事が増えて、ちょっと寂しい思いをしましたが。
バフカとココモの出来が関係しているかどうかは、イマイチわかってないんですけどね。
ただ、バフカの来た年のココモにでっかいのが多かった気がするんですよ。気のせいかもしれないけど。
もしかしたら、『バフカが来るといいものが収穫できる(ロツだったら大きいのが採れやすくなるとか)』って効果があるのかもしれないんですよね。
毎年ポーラはぼーっと働いて黄金のワクマをサクサク集めてたんで、イマイチ収穫数の差に実感は持ててないのですが。(シーラの方に聞かれたら雪玉で狙い撃ちされそうな発言(笑))

 

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