193年23日:シルフィス・ティルグの話-推される-

暑い季節も終わり、王国内に吹く風は、ほんの少しずつ冷たくなってきていた。
ナルル王国ではティルグリーグも終わり、現在は最強騎士決定戦が行われている。
シルフィス・ティルグのカイツ騎兵隊に所属しているジャメルには、まだ参加資格がない。
しかし、いずれは決定戦に参加し、そして優勝する事も目標の1つ。
その為にも今は、少しでも強くなっておく事が大事だ。
今日は収穫の日。
多少はエルグの仕事もするティルグ員たちは、皆、それぞれのエルグで作業をしている時間だった。
その事もあり、今はティルグに他の人影はなく。
今日も彼は1人、ティルグの訓練道具に向かい、ひたすらに剣を振るっていた。

 

「…ホント、熱心よね」
背後から聞こえてきた声に手を止め、振り返ると、そこにはジャメルと同じシルフィス・ティルグの服を着た女性が立っていた。
長めの金髪を高い位置でポニーテールにしている、少し気の強そうな顔立ちの美人。
彼女は、幼いころからの知り合いであり、ジャメルの年上の恋人でもある。
「…リタ」
ジャメルは彼女を見て、少しだけ微笑む。
「飽きもせず、よくそんなに訓練ばかりできるわね」
「同じティルグ員とは思えない発言だな」
「まあね。
 後から入ってきたアンタにも、あっさり抜かれちゃったしね」
リタはそう言いながら、ジャメルの隣の訓練道具に向かい、訓練を始めた。
ジャメルも訓練を再開する。
並んで剣を振るいながら、会話は続く。
「エルグに行ったんじゃなかったのか」
「行ったけどね。別に最後まで付き合う必要もないでしょ。
 ちょっとだけ手伝って、すぐ抜けてきたのよ。
 ジャメルは…聞かなくてもわかるわね。ずっとここにいたんでしょ」
「ああ」
「やっぱりね。
 ホントにエルグに寄り付かないわよね」
「別に、いいだろ」
「ま、自由だしね」
その後は、お互い無言で訓練に没頭した。
敷地内に響くのは、剣を振るう音。訓練道具へとぶつかる小気味よい音。そしてお互いの呼吸だけ。

 

「最近、気になってる娘がいるんでしょ」
ひとしきり剣を振るった後、2人は水飲み場で休憩を取っていた。
そんな時、恋人からふられた話題にジャメルは軽く驚いた。
「そんな事ない」
すぐに否定する。実際、気になる相手などいない。
確かに最近女性の友人は増えた。でも、彼にとって彼女はあくまで友人。
「隠したってダメよ。ポーラ・スターでしょ?
 エナコンの日の後、よく話してるみたいだし」
しかし、傍で見ていたリタはそう取っていなかったらしい。相手が誰なのかまで確定している。もちろん誤解でしかない。
誤解で仲がこじれるのは不本意なので、ジャメルはこれも即座に否定する。
「いや、彼女はそういう相手じゃない」
「どうかしら? 今は違っても、この先どうなるかはわかんないじゃない」
「…何が言いたいんだよ」
「試しに付き合ってみたらどう? って思ったのよ」
恋人のその発言に仰天した。
自分との仲がこじれる事を回避するどころか、相手に積極的に関われ、と言われるとは思わなかった。
「…恋人にそう言われると、複雑だな。
 リタは、それでいいのか」
「いいんじゃない? あたしだってやってるし。
 自分に1番いい相手を探すのは、悪い事じゃないわ」
確かにリタには、複数の恋人がいる。ジャメルもそのうちの1人に過ぎない。
恋人にとって自分の立ち位置はその程度か、と多少不愉快にもなったが、その後に続いた「ま、今はアンタが1番だけどね」の言葉で持ち直す。
「…ホラ、そんな顔しないの」
軽く笑いながら、頬に手を伸ばされた。
自分の子供の頃を知っているリタは、時々、恋人と言うよりも姉のような物言いをする。
彼女に遅れる事2年。
成人して、同じティルグに所属し、背も彼女よりもずっと高くなった。
それでも、こんな時は男としてではなく弟のように感じられているのではないかとすら思う。
今の彼女に見えるのは、年上の余裕。
2人の間に流れる空気は、甘さよりも、気安さ。情熱よりも、穏やかさ。
それは、付き合いの長い2人にはよくある事なのかもしれない。
「それはそれとして。
 アンタにとって1番は、他にいるかもしれないじゃない」
「そんな気はしないけど」
「ま、いいじゃない。
 違ったのなら離れればいいんだし。
 彼女は、そういう娘なんでしょ」
「何でそんな事まで知ってるんだ」
「彼女、ロークのエルグ長だもの。今日もエルグで見てきたわ。
 彼女自身とはそれほど親しいわけじゃないけど、
 それでも色々ウワサで入ってくるのよ」
「…」
ジャメルは軽く考え込んだ。
確かに、ポーラなら『違う』と判断した時点で即座に別れる事ができるだろう。
悪戯にこちらを捕まえたままでい続ける事はない。それはエナの日のやり取りでわかっている。
ただジャメル自身、やはりポーラを『そういう目』で見る気にはなれなかった。
ポーラの方が自分の事をどう思うかも、正直想像がつかない。
ここ数日の間に話してわかったのは、2人があまりにも正反対であると言う事。
暮らす環境も、思考も、行動パターンも、何もかもが違う。
そんな相手と話す事は刺激にはなるものの、長く続くのかと言われると疑問だ。
リタの言う『1番いい相手』である可能性は低い気がした。
それなら最初から、試す必要すらない。
でも。
「別にその気がないならいいんだけど。
 後で後悔しても知らないわよ」
「…わかったよ。
 逆に、何もしないと延々と言われそうだ」
1つため息をついて、意見を受け入れた。
リタは多分、『明確な結果』がないと、満足はしないだろう。
(本当に、そういうのとは違うんだけどな…)
そう思うジャメルの心の中には、それでも確かに興味だけはあった。
普段会うたびに、自分に対して気の抜けまくった笑顔で接する彼女。
自分に対して異性としての興味がありそうな会話など、まったく発展させない彼女。
仮にとは言え、付き合う事になったら。彼女はどんな反応を見せるだろうか。
そう、ある意味これはゲーム。
友人である彼女の違う一面を知るための。
そして、自分の現状をはっきりさせるための、ちょっとした、ゲーム。
…それだけだ。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

たきつけられるジャメルさんのターン。
実際のところ、ジャメルさんは他者から蹴っ飛ばされないと動かないんじゃないかなぁ、って気がしたのですよ。
なので、本命彼女さん自身に出てきていただきました。

ジャメルさんとリタさんは、ゲーム内ではこの時点でチューのできる関係です。
そのワリに、(まぁ別に延々と張っていた訳ではないんですが)一緒にデートに行くとか、そういうシーンは見た事なかったんですよね。
なので、『相当こなれた空気関係』だったのではないかと想像。
そんな、ある意味最も近い相手からの発言により、ラストでジャメルさんが自分を納得させるためになんか不穏な事思ってます。
まぁぶっちゃけちゃうと、彼はこの後ゲームの方にマジになってしまうわけですが! 想定とは違う方向に『現状をはっきりさせて』しまうわけですが!

…うん、引き際、間違ったよね(笑)。

 

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