193年11日:デートの話-しあわせ-

あの日ジョシュアさんと『恋人同士』になって。
なんとなくだけど、ココロは暖かくなった。
自分でも説明のできなかった寂しさを感じる事もなくなった。
ティルグ員になったジョシュアとはローク・エルグで会う事は少なくなってしまったけれど、他の場所で見かけた時は必ず声をかけるようになった。
ジョシュアはそれに、いつもどおりに答えてくれた。
でも、それだけ。
それ以外は、今までとまったく変わらない日々。
ジョシュアはあの後も、いつ会っても誰かと待ち合わせをしているような状態で。
時々王宮前大通りから出かける姿を見たけれど、その相手はいつも違う人。
…問題かもしれないのは、それを見てもポーラ自身がなんとも思わない事。
自分自身に『恋人アリ』と言うステータスを付けただけで、何も変わっていないのは、ポーラ自身もそうだったのだ。
(これはこれでラクですけど、それってどうなの…?)
ポーラはいつも、心の奥底で疑問を感じていた。

 

夕方、ヤァノ市場での買い物を終えたポーラは、家に帰るために王宮前大通りを歩いていた。
少し前までの肌寒さも消え、最近はのんびり歩くのにもいい季節。
1年中雪の残る嘆きの崖が近くにあるローク・エルグ付近ならともかく、海に近い辺りを歩くには、そろそろジャケットが暑くて邪魔になってくるのかもしれない。
買った食材を抱えてのんびりと王宮方面へと歩いていると、前から他のティルグ員と一緒に歩いてくるジョシュアを見つけた。
「あっ、ジョシュアさーん」
「おう、どうしたポーラ」
酒場に入りかけたジョシュアはポーラに気付くと、一緒に行動していたティルグの仲間に軽く声をかけ、ポーラの元へとやってきた。
「買い物帰りか?」
「そうです。ジョシュアさんはこれから飲みに行くんですか?」
「ああ」
「そっかー。それも楽しそうですねぇ」
「それなら、お前も一緒に来るか?」
「んー、今日はやめておきます。荷物も重いし」
「そうか。ま、それもそうだよな」
いつもどおり、何も変わらないジョシュア。
そんなジョシュアに、ポーラはここ数日考えていた疑問をぶつけてみる事にした。
「ねぇジョシュアさん…」
「んー?」
「…結局のところ、私、何が変わったんですかね?」
「変化がイマイチわからないって?
 ま、そういえば確かに何もしてないしな」
「そうなんですよ。
 まぁ寂しくはなくなった気がするんですけど、だからって何があるってわけでもないですし」
「そんな風に考えられるようになった分だけ、お前は充分変わったんだよ」
「そうなのかなぁ…」
それでもなんだか納得がいかなくて、ポーラは難しい顔をしてうーん、と考え込んだ。
そんなポーラをジョシュアは、面白そうな目で見ていた。そして、
「ま、そういう事ならちょっと状況を変えてみるか?」
と、切り出した。
「え?」
「オレな、明日はちょうど空いてるんだよ。
 試しにどこかに行ってみるか?」
「…それって『デートに行く』って事ですか?」
「他にどんな意味があるんだよ」
ちょっと呆れ顔のジョシュア。
そんなジョシュアを見ながら、ポーラは考えた。
自分が誰かと出かける事など、初めてだ。
なんだかほんの少し楽しくなってきた気がした。
「ありがとうございますジョシュアさん。
 誘ってくれて、嬉しいな」
「そっか。じゃ、明日出かける、って事でいいんだな?」
「ハイ。じゃあ明日、王宮前通りで!」
そう言って、2人は笑顔で別れた。
ポーラは家へ。ジョシュアは酒場へ。

これが、昨日の話。

 

今日は11日。おやくそくの日。
(…待ち合わせる事にはしたけれど、いつぐらいに行けばいいのかな?)
朝起きてポーラがまず思ったのはこれだった。
とりあえず身支度を整えて、ココモ畑へ。
いつものようにココモの手入れをしっかり。うん、今日もココモは元気。
種を蒔いたばかりとはいえ、日差しを受けてキラキラ緑に光るココモの苗を見ていると、なんとなく気持ちが和む。
ロークの畑で育つ他の作物とは違い、収穫できるまでにかなりの時間を要するココモ。
立派なココモに育つまで。じっくり、じっくり、時間をかけて。
それは多分、自分たちの『成長』と一緒。
焦る事はなく、少しずつ進んでいければいい。このココモのように、少しずつ大きくなればいい。
…と、ホンワカした気持ちで畑を眺めていたら、いつの間にか結構な時間がたってしまっていた。
せっかく誘ってもらった身。時間が決まっていないとは言え、あまり遅れて行くのは申し訳ない。
ポーラは慌てて荷物を持って走り出した。

帽子を押さえつつ、王宮前大通りに走りこむ。
さすがにここまで走ると息が切れる。
実際、ポーラは余り体力がある方ではない。ここまでくると、もう走れない。
肩で大きく息をしながら水を飲んで、軽く休憩。
そして、既に来ているかもしれないジョシュアを探す為に勢いよく振り返った。
「…うわっ!」
勢いがつきすぎて、ちょうど脇を歩いていた誰かにぶつかりそうになった。
相手が何とかかわしてくれたので、激突までには到らなかったが。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「…またあんたか」
「え…?」
声のした方(声はポーラよりもかなり上から降ってきた)を見ると、そこには数日前に激突した、背の高いシルフィス・ティルグの男が立っていた。
帽子の影になった顔に細身の赤い眼鏡をかけ、その奥に見えるのは、少し不機嫌そうな目。
「あ、ロツパン…」
「誰がロツパンだ、誰が」
ポロッと口から出た言葉に即座に突っこまれ、ポーラは軽く赤面した。
「す、スイマセン。つい…」
男は軽くため息をついた。
「まあ、別にオレには関係ない事なんだが、もう少し回りに目を配った方がいいんじゃないか?」
「あはは…た、確かに2回もぶつかりそうになられた方に言われると耳が痛いです。
 …えっと…」
軽く冷や汗を書きながら見上げる。さすがにもう、ロツパンとは言えない。
どう呼んだらいいのか軽く困っていると、相手の男から助け舟を出された。
「ジャメルだ。ジャメル・トーン。
 何時までもロツパン呼ばわりされるのは釈然としないからな、スターさん」
「え、あれ? どうして私の名前知ってるんですか?」
少なくともあの時、ポーラは自分で名前を言う事はなかった。
(や、やっぱりエルグ長とかやってると名前って広まっちゃうのかなぁ?)
とも思ったが、どうやら違ったらしい。
「あの時、エミリアンに聞いた」
「…エミリアン…?
 ああ、アルキサさんのお友達でしたか。
 了解しましたのよ。これからよろしくお願いしますね、トーンさん!」
出会い方は正直申し訳ないものだったが、こうやって少しずつ『知っているひと』を増やすのはイイコトだ。
新たに名前を知る事のできた相手に、ポーラはいつもどおりの笑顔を返した。
「おーい、ポーラ!」
自分の名前を呼ぶ声に振り返ると、ちょうどジョシュアがポーラの元へとやってくるのが見えた。
「あっ、ジョシュアさん!
 …それじゃトーンさん。私はこれで!」
「あ、ああ…」
新しい『知人』に最後にもう1度声をかけ、ポーラは『恋人』の元へと走り寄った。

この2人が物語を作り始めるのは、もう少し先の話。

 

ジョシュアはいつもどおりの表情で、ポーラを迎えた。
「ジョシュアさんおはようございますー」
「よし、呼んだらちゃんと来たな、偉いエライ」
そう言われながら、ジョシュアに帽子の上から頭をワシワシとなでられた。
「…なんかバカにされてる気がするんですけど」
「まぁいいだろ。んな細かい事気にすんな、って。
 さて、今日はどこに行く?」
「んー。正直私、そう言うトコ何も知らないんですよねぇ。
 なので、ジョシュアさんにお任せします」
「分かったよ。
 …じゃ、今日はあそこに行ってみるかな。
 ちゃんとついてこいよ」
「はーい」
初夏の爽やかな風を受けながら、2人はロークス港に向かって歩き出した。
少し歩幅の広いジョシュアに遅れないように、少しだけ足を速める。
それに気付いたジョシュアは、ほんの少しだけ歩くスピードを落としてくれた。
2人で並んで歩き出す。
「…お? 何だそれ、裾のフリルが増えてるな。可愛いじゃん」
横を歩くジョシュアは、こういう変化に敏感に反応する。
去年、エルグで働いていた時も、他の女の子がアクセサリーをつけたり髪型を変えたりしたのにいち早く気付いて声をかけていた。
声をかけられた娘はいつも、なんだか嬉しそうだった。
ポーラは今まで、見て分かる何かを『変える』事がなかったので、実はジョシュアに指摘される事自体がなかったのだが。
「あ、やっぱり気付きました?」
ジョシュアがそれなりにたくさんの女の子と仲がいい理由も、今、少しだけわかった気がした。
(見てもらえてる、気付いてもらえるって、ちょっと嬉しいかも)
ほんの少しだけ赤くなって、ポーラは笑った。
「確か昨日はなかったよな」
「ハイ。
 昨日寝る前に試しに付けてみたんですよ。
 なんかエルグ長服をそのまま着るのって、ちょっと地味かなぁって思ってまして。
 でも、ホントに可愛いですか?」
「可愛い可愛い。
 小さい娘がフリルつけると、幼さが倍増して可愛いよな」
…なんだか微妙な事言われた気がする。
「幼さ…。
 それって暗に、私が子供っぽいって言ってます?」
「暗にも何も、そう言ってるんだよ」
「ひ、ひどーい! 一応私、オトナですよ!」
「こんなちっちゃいのに何言ってんだ。
 その小ささはある意味、お前の『武器』でもあるんだから、せっかくだから有効利用しとけよ」
そう言いながらジョシュアは、ポーラの頭をポンポンと軽く叩く。
「武器…ですか」
「そう。そういうのが好きなヤツならお前、最強だぞ」
「ええー?」
恋人同士の会話とは微妙に異なる、友人同士のじゃれ合いのような話をしながら2人は船に乗りこんだ。
目的地は、シーラル島。

 

同じナルル王国ではあるものの、シーラル島の雰囲気は微妙にロークス島とは違っている。
シーラル島は、1年中収穫できる果物の甘い香りと潮の香りに包まれる島。
奥には、今は誰も住んでいないアクティカの古城もある、海と遺跡の島。
ポーラは時々船に乗って、果物を取りに来る程度で、シーラル島については入国当時のガイドで聞いた程度の知識しか持っていなかった。
船を下りて、さらに歩く。
そして、普段ポーラがあまり足を踏み入れない地域までやってきた。
「よっし、到着ー」
ジョシュアに連れられてやってきたのは、いにしえの広場。
古い時代の遺跡が散在し、奥の芝生では子供たちが草すべりを楽しむ。そんな場所だった。
この日は他に誰の姿も見る事ができなかった。

2人は芝生に座り、ポーラの作ってきたサンドイッチを食べる事にした。
サンドイッチを差し出しながら、ポーラはちょっと自信なさ気につぶやいた。
「…普段あんまり作りませんから、美味しくできたかどうかわかりませんよ?」
「なんだ、お前あまり料理しないのか」
そう言いながらサンドイッチを受け取り、軽く一口。
「…んー、まぁ普段やらないなら、こんなもんじゃね?」
「た、食べられなかったりはしないですよね?」
「お前なぁ。
 せめてそれくらいは確認してから持ってこいよ」
「そ、そのつもりだったんですけど、朝ちょっと他の事やってたら時間なくなっちゃいまして…」
もっともな事を突っこまれて、赤面する。
そんなポーラの頭をジョシュアはまた、ポンポンと軽く叩いた。
「ま、大丈夫だよ。悪くないって。…だからもう1つくれ」
「ホント! よかったぁ…」
ジョシュアにサンドイッチを手渡し、ついでに自分も1ついただく。
うん、悪くない。初めて作ったにしては、悪くない。
温かい日差しの中、サンドイッチを2人で食べる。
それはなんだか、ちょっとだけ『とくべつ』な時間だった。

持ってきたサンドイッチを2人で食べ尽くし、一息つく。
芝生の上を通る風が心地いい。
芝生に横になって、日差しを全身に浴びながら、ジョシュアは横に座っているポーラを見上げた。
「…この場所でデートすると幸せになれるんだってな」
「え、そうなんですか?」
「この国では結構メジャーな話だな」
「そっかー…」
ジョシュアを見ていた視線を、空に向ける。
「…シアワセになれるのかなぁ」
「じゃ、軽く試してみるか」
勢いをつけてジョシュアが起き上がる。そして。
「ほら、手、出せ」
「え…?」
勢いに押されるように差し出した左手を、ジョシュアの右手が軽く握った。
「あ…」
つながれた手。
(そういえば私、こういうの、始めてだ…)
たいした事ではないのに、これだけで顔がほんのり赤くなる。
(ど、どうしよう)
(どうしたらいいんだろう)
軽くオロオロしているポーラに、ジョシュアが問いかける。
「…幸せか?」
「わ、わかんないです。…でもちょっと嬉しいのかも」
口にできる言葉は、たったこれだけ。
「そうか
 ま、とりあえずはこんなトコだろ」
そう言って、手を離す。
見上げるとそこには、いつもどおりのジョシュアがいて、ニッと笑いかけてきた。

いつもと変わらぬその余裕の表情を見て、ポーラは少しだけ「ズルイ…」と思った。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

ゲーム内史実を少しだけ歪めてます。
初回のデート、これホントはポーラが誘っているし、先導もポーラ側でした。
ただ、ネタ的にポーラが『連れて行ってもらう』方が良さそうだったので、全てジョシュアさんにリードしてもらう形にしました。

 

…何でこのタイミングでジャメルさん出してきたかって、『ふぁーすといんぷれっしょん』でジャメルさんの名前をポーラに出してないからです(笑)。
ただ名前を教える為だけに1作品作るのはアフォらしいので、ポーラのデート目撃と同じタイミングで自己紹介させる事にしたです。
って言うか、この話の終わる時点で、ジャメルさん側からポーラを友人だと思っている(ゲーム内史実)ハズなので、最低でもこの辺りで名前知ってないといろいろと破綻する(笑)。
って事でこの話は、中の人の都合に溢れたシロモノになってます。うん、ホントゴメン。

 

で。
ポーラの初カレだったジョシュアさん。
192年のエナ候補だったような『恋多き男』でした。
(しかしその後の国の混乱を考えると、ジョシュアさん程度ならまだ可愛いと思える)
そんな相手でしたから、何時話しかけてもどなたかとの待ち合わせ予定が入っている状態でした。
しかもこの年の頭にティルグ入りしている事もあり、恋人状態になってから全然会えない日が続くと言う、あきらかに『行動の相性』が合わない相手だったんですよね。
それでも何とか空いてる日を発見したので、デートに誘ってみた、と言うのが初デート。
ほとりの広場で進行に成功して、ポーラが初めて手を繋いだ相手となりま…し…た?
あ、あれっ?
ちょっと違う気もするけど、よく考えたら『ふぁーすといんぷれっしょん』でジャメルさんとポーラ、手を繋いでるな!
正確には「引っ張り起こしてもらった」なので、手を繋いだ訳じゃないんですが。
(これ書くまで素で気付いてなかった中の人)
ヤ、ヤッチャッタ…orz
ま、まぁゲーム内ではジョシュアさんが最初の人なので、ヤァノ市場前のはイレギュラーで!

基本、家事の残念なポーラなのですが、ジョシュアさんとの初デートで食べたサンドイッチは特に問題無さそうだったんですよねぇ。
2人で普通にモグモグといただいてました。『びぎなーずらっく』ってヤツだったんでしょうか。
…じゃあ何故ジャメルさんとの初デートでお渡ししたサンドイッチは『ぱさぱさ食感』だったのよorz ホント、何やってたのよ…orz
まぁこの辺りはいずれソッチ系のネタを書いた時にでも愚痴る(笑)。

 

後ついでに。
作中でジョシュアさんが要らん事言ってるので中の人が慌てて釈明。
「ジャメルさんは『ちっちゃいのが好きなロ○コン』ではありません(笑)」
べ、別にポーラがちっちゃいからやっつけられた訳じゃないんだからね! …多分!

 

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