193年23日:港前大通りの話-驚く-

夕刻。
ティルグでの訓練を終わらせたジャメルは1人、いつものように酔いどれ騎士亭へと向かう事にした。
あまり酒は飲まないが、食事はいつもここで済ませる事にしている。
1人暮らしが長い分、料理は一通りできるが、訓練で疲れた体で何かを作る気にはならない。
市場に寄って買い物をしてから行く事にして、港前大通りへ向かった。

 

「あっ、ジャメルさんだ!」
聞きなれた声に反応して前を見ると、ポーラが笑顔で歩いてくるところだった。
「…おう」

軽く手を上げて返事をする。
ブンブンと手を振りながら向かってくるポーラを立ち止まって待った。
「元気ですか?」
「まあな」
「この時間にそちらから歩いてきたって事は、
 今までティルグで訓練してたって事ですね」
「ああ。
 …お前は、今日も仕事か」
「そうです。
 市場が閉まる前に買い物をしようと思って来たんです。
 でもちょっと時間があるから、テト海岸で貝を探してきちゃいました」
クラハム貝を3つも見つけちゃいました、と、ポーラは今日の戦果を嬉しそうに報告してきた。
「買い物に行く前に貝を見つけたら、その分買い物ができないんじゃないか」
「だって、この貝みんな売っちゃうんですもの。300ペカの臨時収入です」
「そうか」
普段と変わらない、日常的な会話。
少し日が短くなってきたみたい、だの、風が気持ちいい、だの。ポーラがどうでもいい話をふり続ける。時々ジャメルも反応する。それがいつもの2人。
だがこの時、彼は突然、先程リタに言われた事を思い出した。

『試しに付き合ってみたらどう?』

体温が一気に上がった気がした。
不自然ではないように、辺りを軽く見回す。
確かに今なら、周りにほとんど人もいない。
躊躇は、ある。
だが、今何もしなかったら、このままあの話を『なかった事』にして、今までどおりの状態を保ち続けそうな気もした。
(ゲームだ、ゲーム。本気じゃない)
自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
そして。
「ポーラ」
「ハイ?」

「オレと付き合ってほしい…」

「…ええー!」
ポーラの第1声は、それだった。
恥じらいも何もない、ただ単に驚いただけの声。
そして。
「ご、ごめんなさい…。
 そんな風には、考えてなかったです」
少し下を向いて、心底申し訳無さそうに断ってきた。
「いや…」
「…あっ、早く行かないと市場が閉まっちゃいます!
 そ、それじゃジャメルさん、また今度!
 あの、ホントごめんなさいなのよ」
それだけ言うと、ポーラは市場に向かって走っていった。
実際、夕闇は深まりつつあった。市場が閉まるのも時間の問題だろう。
ポーラの鈍足でギリギリ間に合うかどうかの時間になっていた。
当初は買い物をする予定もあったジャメルだが、既にその気は失せていた。
市場の前を素通りして、そのまま酔いどれ騎士亭に向かう。
(そう言えば、最初に断られると言う選択肢もあったんだな)
よく考えれば、当たり前の事だ。
『付き合う』と言うのは、相手の必要な事だ。相手の意思が関わってくるのは当然だ。
だが、なんとなく面白くなかった。
(あれだけ気安く話していたのに、こういうのは駄目なのか)
(試しに男と付き合う事自体、まったく知らないって訳でもない)
(それなら、何故オレじゃ駄目なんだ)
考えれば考えるほど、モヤモヤ感が晴れない。
この行き場のない感情を収めるには、どうすればいいのだろうか。
やはり『なかった事』にするしかないのか。
そしてリタには、「ポーラに言ってはみたけれど断られた」と報告すればいいのか。
…面白くないにも程がある。
何より、断られたままと言うのが気に入らない。負けたままと言うのが気に入らない。
(ポーラをこちらに向かせるのが1番いいんだろうな…)
そうすれば、プライドも多少は満足するはずだ。

当初の目的から微妙にずれた事に、彼は気付いていない。

 

 

この日から、王国内のあちらこちらでポーラにアプローチをかけるジャメルが目撃されるようになった。

ある時は夕闇の中、西の辻で。
「オレと付き合って欲しい…」
「ごめんなさい…」

ある時は午後の日差し溢れる王宮前大通りで。
「オレと付き合って欲しい…」
「ごめんなさい…」

ポーラの返事は、いつも同じ。

ただ、疑問なのは。
ポーラはジャメルのアプローチをかわし続けているけれど、だからと言って彼を避けるわけではないという事。
それまでと同じように、会ったら声をかけてくるし、あの気の抜ける笑顔でどうでもいい話題を振ってきたりする。
つまり、彼の再三のアプローチにも、まったく心が動いていないという事。変化がないという事。
それに気付くと、ますます面白くない。
確かに、人との駆け引きなど得意とするものではないが、あんな小さな娘の心1つ動かす事ができない、その現実に彼のイライラは増すばかり。
(…受け入れる事ができない理由でも、あるんだろうか)
ふと、考える。
ポーラは基本、一途な娘だ。
もしも誰かと付き合っているのなら、ジャメルの告白に色よい返事を返すはずがない。
だが、ポーラが今、他の誰かと付き合っていると言う話は聞かない。彼女もそんな話はしない。
だけど、知らないだけと言う可能性もある。知らされていないだけと言う可能性もある。
よく会話を交わしているのに、そんな大事な事は知らされていないのであれば、それはそれでショックだ。
(それとも…オレ自身に問題がある、と言う事なんだろうか)
もしそうならお手上げだ。
現状でいくら行動を起こしても、状況が好転するとは思えない。
(これはもう、本人に聞いてみるしかないんだろうな)
次に会った時、こんな話ができるような環境だったら直接聞いてみる事にして、彼は思考を打ち切った。

当初の目的から大きくずれている事に、彼はまだ気付かない。

 

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***

照れ隠しと言う名のコメント

当時のポーラにとって、貝類は料理の素材ではなく、バイトアイテムでしかありませんでした(笑)。
ちみちみと掘って売り飛ばしてました。
クラハム貝の売値100ペカは、地味に美味しいです。結構な確率で掘り出せるし。
まぁやるのは時々だったんですけどね。

 

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