194年4日:メイビ通りの話-始まる-

1日1日と、季節は動いてゆく。
あまり違いを感じることはできなくても。一晩、そしてもう一晩と過ごしていけば、数日前よりも確実に次の季節へと近づいていく。
吹く風はまだ冷たいが、春は、すぐそこ。

 

194年4日。
休日だった事もあり、ティルグにはかなりの人が訓練に来ていた。
今年頭に念願の騎士へと昇格したジャメルも、もちろんその中に混じって汗を流す。
時には請われて練習試合をこなす。
ここにいると、時間などあっという間に過ぎ去ってしまう。
ふと気がつくと、辺りは暗くなり、共に訓練をしていた人々が少しずつ帰宅の徒につくところだった。
(今日はこれくらいにしておくか…)
区切りのよいところで切り上げ、人の波に逆らわずに自宅に向かって歩き出した。

夜道を歩きながら、ここ10日程の事をボンヤリと考えた。
実は、軽騎士に任命されてからポーラと会っていない。
家が近所になったのに、朝は顔を合わせる事が何故か無かった。
彼女がローク・エルグ長ではなくなった事によって生活パターンが変わり、昼間会う事が何故か無かった。
帰宅時間が違うので、夕方や夜、顔を見る事も何故か無かった。
そして。
彼自身にここまでの自分について思うところがあった、と言うのも会わなかった理由の一つだった。
ようやく自分の中の『ずれ』に気付いた、と言うところだろうか。
(…少し冷静になれ)
心の中で、それまでの自分を戒める。
当初は、ただ単に『ちょっとしたゲーム』のつもりだった。
特に彼女に対して異性として思うところがあったわけでもなく、言ってみれば単なる興味本位。
断られた事によってムキになっただけだ。執着する理由なんて、何処にもない。
ただ、この10日の間に、彼女自身を多少好ましく思うようになった事も、事実。
友人として認識した時よりも余程、彼女の事を『女性』だと思っている。…まあ、異性として魅力的かどうかと言われると、まだ疑問だが。
仮に恋人関係になれなくても、このまま気楽にやり取りのできる友人として、付き合っていければいいんじゃないだろうか。
数日会わない間に、彼はこんな風に考える事ができるようになっていた。
(最後に1回。後1回だけ試して、それで終わりにしよう)
家路を急ぐ人の流れの中、ジャメルはそう考えた。いつも以上に面白くなさそうな表情で。

「…あ! ジャメルさーん、待ってー!」
「!」
思いを巡らせていた人物から、不意に呼び止められた。
驚いて振り返ると、後方からポーラが走ってくるところだった。
その場に立ち止まり、彼女が追いつくのを待つ。
近くにたどり着き、呼吸を整えているポーラを見ながら、ジャメルは初めてポーラに告白した時の事を思い出していた。
あの日も、事を起こそうとしたタイミングで彼女は現れた。
年末の事も思い出す。
状況に行き詰まりを感じていた時にも、彼女の方から会いに来てくれた。
「…お前はいつもいいタイミングで出てくるな」
「なんの事?」
「いや、なんでもない。
 それより、どうしたんだ」
「え? え、え、えっとね、あのね…」
モジモジモジモジ。
「…?」
ポーラの様子がいつもと違う。
視線を合わせない。ほんの少し顔が赤い気がする。
普段は言いよどむ事などほとんどないのに、どういう事なのか。
「あんまり勿体つけていると、むしろ気になるぞ」
「そ、そうですよね…。じゃあ、がんばる…。
 わ、わ、わ、私とつきあって欲しいの!」
「!?」
想定外に大きな声で、元気良く。
偶然周りにいた人々も、思わず足を止める。
ジャメルは一瞬、言われた言葉の意味を理解できなくて対処に困った。
え、待て、まさか、それは、つまり…?
半ばパニックを起こしながら、ようやく彼の口から出た言葉は。
「ちょ…お、お前なんで、こんな状況で…」
「え…?」
言われたポーラがようやく辺りを見回す。そこには結構な数の人、人、人。
聞かなかった事にしてくれた人もいるようだが、何人かは面白そうに、興味深そうな様子で2人の事を見ていた。
音がしそうな程、一気にポーラの顔が赤くなった。
「そ、そういえば皆様、オソロイで…」
「ば、馬鹿、何わけのわからない事言ってんだ」
目に見えてアワアワしているポーラにつられて、ジャメルも慌てる。そして赤面。
ポーラの真後ろからのんびりした声が聞こえてきた。
「いやぁ、ポーラちゃん積極的だねぇ」
慌ててポーラが振り向くと、そこにはローク・エルグの服を着た初老の男性がニコニコと笑いながら立っていた。
「ふわっ、マイケルさん! …み、見てた? 聞いてた?」
「そりゃねえ。こんな近くでだったし。
 なんか良い物を見た気がするよ。本当に特等席だったねぇ」
慌てるポーラに対しても、のんびりと笑いながら返すマイケル。
その表情、発言に、ポーラの慌てっぷりはますます加速していく。
「な、ナイショ、みんなにはナイショで!」
「別にいいけど、僕が言わなくても多分普通に広まると思うけどなぁ。
 これだけ目撃者がいるからね」
「いやーん!」
「と、とりあえず移動するぞ!」
ここにい続けるとますます収拾がつかなくなりそうだ。
ジャメルはポーラの腕をつかみ、ポーラと話していたマイケルに軽く頭を下げ、その場から逃走した。

 

ティルグ前広場まで、ポーラはジャメルに引きずられるように連れてこられた。
メイビ通りと比べると、こちらの方が人が少ない。
やらかした事に対する羞恥、つかまれた腕の痛み、服の上からでもわかるその手の熱さ。
たくさんの事が同時に降りかかってきて、ポーラのパニックはまだ収まらない。
一方のジャメルは、ここまでの移動の間にかなり落ち着きを取り戻していた。
まだ顔の赤みは消えていないが、先程よりはおそらく、まともに話をする事ができるだろう。
「一体、どういう心境の変化なんだ」
つかんでいた腕を放し、彼女の方を向いて。まず、聞きたい事を口にした。
「え、えっと…」
まだパニックが収まらないポーラは、しばらく視線をあちこちにさまよわせていたが。
しばらく時間が経つと、ようやく説明できるような状態になったらしい。
「な、なんていうか、私、こんなに積極的にお誘いを受けた事自体初めてで。
 それで…」
「?」
「どうなるのかとか、全然わかんないんですけど、
 おためしって訳じゃないんですけど、
 お付き合い…してみようと思ったんですよね。
 ただ、あんまり長い事かわし続けてたんで、
 どうやってお答えしたらいいのかわかんなくなっちゃって…。
 今日も朝からずっと考えてたんですけど、
 普通に答えるのもなんかトートツな気がするし、
 だからって何かトクベツな言い方も思いつかないし。
 それで…」
「…それで?」
ここまで一気に口にしたポーラの言葉が、また止まりかける。
それに気付いたジャメルは、不自然にならないように先を促した。
「それで…。
 答えに悩むくらいなら、もうこっちから言っちゃおうかと思いまして…」
「それで、あれか。
 せめて、場所と状況をもう少し選んでもらえるとありがたいんだが…」
「スイマセン。イッパイイッパイでした…」
彼女の告白に、空を仰いで大きなため息をつく。
彼にとって、あれは本当に想定外だった。
直前に『後1回で諦める』などと考えていた相手からいきなり寄ってこられたので、まともな対応ができなかった。
ギャラリーが多かったのも、混乱に拍車をかけた。
あんなのに冷静に対処できる男なんて、ほとんどいないだろう。
「…ところで」
ふと気付くと、ポーラがジャメルを見上げていた。
まだ赤い顔のまま。少し不安げな表情で。
「何だ?」
「ど、どうなんですか?」
「どうって何が…あ」
彼はあの場で明確な返事を返していない。
しかし、今までの行動から考えてみれば、答えなどわかりきったものではないだろうか。
「…今更返事を聞くのか? これまでの行動でわかってるんじゃないのか?」
なので、正直に口にした。それは間接的な肯定の言葉。
それでも彼女の表情は、晴れない。
「一応、ちゃんとしたカタチも欲しいじゃないですか」
「そう言われてもな。今から返すのも、やりにくい…」
「じゃあ、やり直したら答えてくれますか?」
「やり直し?」
「やり直しです」
そう言うとポーラは、ジャメルを見上げてこう言った。
「『ジャメルさん…私と付き合って欲しいの…』」
「…」
咄嗟に返事ができなかった。
返事は決まっている。
それをあらためて口にするのは気恥ずかしい。
しかし、今度はさっきのようにやり過ごす事はできない。
「…ダメ?」
「い、いいぜ…」
やっと、それだけを返した。
当初考えていた展開とはかなり違うが、これもまた、一つの道。
ポーラは全身で息を吐き、やっと、本当に嬉しそうな表情をした。
「ホント? ありがとうございますー!
 はー、緊張したー…。
 ジャメルさん、よくこんなのを何度も繰り返せましたねぇ」
「…うるさいな」
軽く視線をそらす。当初は興味すらなかったとはとても言えない。
視線を戻すと、まだジャメルの方を向いてニコニコしているポーラに気付いた。
「な、何だ?
 まだ何かあるのか?」
「ハイ。
 えっとね、あのね、これ、もらってくれます?」
そういって手渡されたのは、この国でよく見かける黄色い花だった。確か、ポワンの花と言ったか。
勢いと、その笑顔に押されて、受け取ってしまう。
「あ、ああ…。
 うれしいよ、ありがとう」
「ウフフ、喜んでもらえてよかったのよ。
 …あ、それじゃあ、今日はもう遅いから、また明日ね!」
ほんのり赤い顔のポーラは、そう言って彼の元から走っていった。
広場の入り口で1度振り返り、ジャメルに向かってヒラヒラと手を振る。
そして夜の闇へと消えていった。

 

後ろ姿を見送りながら、ジャメルは何故か「負けた」と思った。
確かに、彼が最初に狙っていた通り、ポーラを自分の方に振り向かせる事には成功した。
だけど。
気付けば、ジャメル自身も当初よりもずっとポーラの事を見ている。
彼女の事を恋愛対象としてすら見ているかもしれない。彼女の一挙手一投足に振り回されている。
『恋人』という肩書きが付いただけではない。もう、ただの友人だとは思えない。
あの日思っていたゲームには、勝った。
でも、多分勝負には負けたのだろう。
しかし、初めて断られた日に感じたような不愉快さは無かった。
『この先どうなるかはわかんないじゃない』
リタの言葉を思い出す。
そして1人、思う。
(確かに、わからないな)
彼の思い人は、リタだ。それは今でも変わらない。
だが、この10日でポーラという存在が、彼の中で『選択肢の一つ』として上がってきたのも事実だった。

今、彼の手に残ったのは1輪の花。
正直、花にそれほど興味はない。
それでも、夜の闇の中でなお明るく咲いているこの小さな黄色い花は、そのままあの小さな彼女を表しているような気すらした。

せっかくだから、もらっておこう。

誰に見せる事も無く軽く微笑むと、ジャメルはポワンの花を持って歩き出した。
この後、彼女に対して、こんな形でこちらから何かをする気はないけれど。
彼女がしたいのなら、これくらいは付き合ってやるのもいいだろう。
花一輪という小さな幸せを持って、彼も自分の家へと歩き出した。

 

この後、連日の花プレゼント攻撃が待っているとは、彼はまったく思いもしなかった。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

実は過去のジャメルさんはノーマークだったので、今回、過去データやら過去スクショやらを色々と漁ってティルグ内での立ち位置をチェックしてみました。
ジャメルさんは、アルバス軽騎兵→カイツ軽騎兵→イクルス軽騎士と、ビックリする程トントン拍子に出世してました。確か翌年、結婚した時は騎士長やってんだよこの人。
(その年には最強騎士決定戦で優勝してたりします)
『ラムサラ好き』な性格から、武術好きな人なんだろうな、強くなりたいんだろうな、と思って今まで書いてきていた訳ですが。マジでそっち系だったらしい。で、望みを実現させてきたらしい。…スゲェ、何この人。

で、あんまりなネタなんですが。
ポーラの公開大告白は、史実…です…orz
オッケーもらった時のスクショも残ってます…orz
真後ろに友人であるマイケルさんがいたのも、また、史実…orz
告白直後のポワンの花プレゼントも史実です。こっちはなんだか可愛らしいネタなのに、直前の行動がホントもう、ね…orz

ホント、何やってたの当時の中の人よ。

 

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