194年14日:国立競技場の話-ふたりの場所-

翌日ももちろん、ポーラは国立競技場で試合を観戦した。
観客席には、昨日はいなかったシルフィスのティルグ服を着た女性が数人いた。どうやらこの日は、騎兵の試合の無い日だったらしい。
可愛らしい中にもきりりとした雰囲気を漂わせるシルフィス・ティルグの女性達の中に、チラリと金髪の女性を見かけた気がしたのは気のせいだろうか。
昨日よりも観客の増えた競技場で、ポーラは少しだけ後ろの方に陣取って、昨日と同じように舞台を見上げる。
今日はシルフィスのイクルス騎士隊と、アクアスのフィルス騎士隊の対戦。
フィルス騎士隊は女性ばかり3人のチーム。数日前に騎将は天上へと旅立っていた。
昨日のように騎士達が紹介され、その後軽騎士だけが壇上に現れる。
対戦相手が女性だと、ジャメルの長身はやけに目立った。
ポーラの位置からは細かい表情までは見て取れないが、おそらくあの不機嫌そうな表情で細身の赤眼鏡の奥から相手を見下ろしているのだろう。
(あー、アレは私が前に立ってたら怖いかもしれないなぁ)
ポーラが自分の恋人に対してある意味失礼な事を考えているうちに、この日の試合は始まった。

壇上の彼は、昨日よりももっと生き生きとしているように見えた。
相手の軽騎士をかるくあしらい、次の重騎士から1度だけ当てられたものの、危なげなく勝利。最後に出てきた騎士長にも勝利。
昨日のようなKO勝ちこそ無かったものの、たった1人でこの日の対戦を終わらせてしまった。
周りと一緒に盛り上がりながら、ポーラは昨日アントワーヌ陛下に言われた言葉を思い出していた。
『この国の騎士達の試合、楽しんでいってね』
それまでに見た事のあった試合は2つだけ。
王族同士の試合も、騎兵同士の試合も、確かに面白かった。
だけど、違う。これは違う。
この場にいる者全てが舞台上の試合に魅せられている。
それだけではない。魅せられている観客も一緒になってこの『ショー』を作っているのだ。
(…確かに楽しい!)
昨日は、壇上の試合にただ圧倒された。
今日は、試合だけでなく、周りの雰囲気にも飲み込まれた。
そして多分。これは世界に、雰囲気に溶け込むのが正しいのだ。
1戦ごとに湧く競技場。舞い上がる2色の花びら、リボン、花火。
ポーラも無駄に力まずに、自然に世界の一部になった。

 

試合後。
観客席にいた人々も、壇上から降りてきた騎士たちも、出口へと向かって歩いていく。
そんな中、今日もポーラはその場から動かなかった。
「…楽しかった…」
軽い放心状態で、発言が目に見えたとしたら後ろに満足のハートマークでも付いていそうな調子で、つぶやく。
応援していただけなのに、昨日とは違った心地よい疲労感がポーラを包んでいた。
手元には、この日はしっかり使用した応援道具。クラッカーのリボンもまとめて(昨日試していたので、片付けも簡単にできた)花びらの入っていた袋に収められている。
袋を鞄に押し込んで、軽く一息。
そしてふと舞台袖を見ると、ちょうどジャメルが下りてくるところだった。
今日は連続で3戦もしているので、さすがに疲労しているようだ。出てくるのが遅かったのは、中で少し休んでいたからかもしれない。
今日はポーラの方が彼に近付いていった。
「ジャメルさーん、お疲れ様でした!」
「ああ、ポーラか」
「やっぱりお疲れみたいですねぇ」
「さすがに連戦はきつかった…」
そう言いながらも、あまり普段と変わらないように見えるのは、やはり若さだろうか。
一息つきながら、ジャメルはポーラを見下ろした。
「…楽しそうだな」
「うん! 今日はホントに楽しかったのよ。
 昨日は、初めてだった事もあって、何か色々と見落としてたんですけど、
 今日はもう、アレとかコレとかみーんな見えたし、
 応援している他の方とも一緒に盛り上がれたし。
 それに、今日の試合もみんないい試合だったのよ」
「そうか。楽しかったならいいんだ」
いつものように見上げた彼は、競技場の光景と不思議なほどよくなじんでいた。
「…ジャメルさんは、ここにいてもおかしくないんですよねぇ。
 って言うか、ここにいるのが当たり前みたいにも思えるのよ」
「そうか?
 成人してからオレがここで試合をしたのは、昨日が初めてなんだけどな」
「そ、そうなんですか?」
「去年までは、ティルグにある競技場での試合だったからな」
そう言えば、騎士になったのは今年に入ってからだと聞いていた。
昨日が初試合なのにも関わらず、今の彼にはここへの違和感を感じない。
これが、ティルグ員とそうでない者の違いなのだろうか。
ポーラは、自分が違和感を感じた理由がわかった気がした。『違うから』だ。
そしてジャメルは『そうだから』なじむのだ。
「…そっか。
 なんかジャメルさんの居場所はシルフィス・ティルグってイメージあったんですけど、
 昨日と今日で印象変わりました。
 もちろんティルグが居場所なんですけど、
 多分、この競技場が、って言うかこの舞台の上が、もう一つの居場所なのよ」
「ここが…?」
「私がジャメルさんの試合を見たのは、ここが初めて。
 だからかもしれないけど、
 ここで試合をしているジャメルさんは、ホントに様になってたのよ」
話しているうちにポーラからは、この場所へ感じていた違和感が少しずつ薄れていった。
代わりに浮かんできたのは、ここにいていい理由、いたい理由。
それを、少しずつ口にする。
「あのね」
そう言って舞台を指差す。
「多分、あそこは、ジャメルさんの場所なの」
次に、その場で手を広げる。
「それで、ここは私の場所なの」
こことは、観客席。大事な試合を見上げる事のできる場所。
「昨日ここに来た時は、なんとなく居心地が悪いって言うか、
 いていいのかどうかもよくわからない場所だったの。
 でも。昨日と今日、試合を見ていて、ここから見上げている自分はしっくり来たのよ」
違和感を感じたのは、最初からあまりにも自分に合わない場所を見たから。
自分に無い物を中心に考えれば、それは違和感しか生まない。
自分の役目は、あの場所に立つ事ではない。あの場所に立った人を見上げる事なんだ。
「…ここに違和感を感じる事自体、オレには理解できないんだけどな」
「それはジャメルさんが、この場所の1番大事な場所に立つ人だからですよ。
 ここで試合する事のない私は、この場所にいる間は、ただの脇役なのよ。
 そして私は、ここで主役になりたいとは思わないの。
 …ジャメルさんは、逆でしょ? ここで主役になりたかったんでしょ?」
「オレは別にここを目指していたわけじゃないけどな。
 でも、確かに。
 ティルグ員にとっては、騎士になって陛下の御前で試合をするのは
 名誉な事でもあるからな」
そう言いながら、ジャメルは振り返り、先ほどまで自分がいた舞台を見た。
「オレの場所…か」
そう、つぶやく。
ポーラには、彼が今どんな思いで舞台を見たのかはわからない。
でも多分、悪い気はしていないはずだ。今、彼女が見上げたいこの人は。
「ジャメルさんがあそこで戦っている時は、いつもよりもずっとずっと距離が遠いけど。
 見上げる高さも違うけど。
 それでも、見上げていられるここが、きっと、私の場所なのよ。
 だから、これからも応援に来ます。
 できる限り、見たいのよ」
「そうか」
「なんだか私、ジャメルさんの試合観戦が癖になっちゃいそうですね。
 …ん? こういうのを『ファンになった』って言うのかなぁ」
いつもの笑顔でそう言うと、舞台の方を見ていたジャメルがものすごい勢いで振り返った。
「だ、だから、いきなり恥ずかしいことを言うなよ!」
その顔は紅潮し、声にも落ち着きが無い。
「何でこれが恥ずかしいのー?」
やっぱりポーラにはさっぱりわからない。
誉めた(?)のに怒られる理由が本気でわからない。
わからないけれど、多分これ以上この話を続けない方がいいだろうと思い、話をこれ以上展開するのはやめておいた。
「それはともかく。今日は本当に楽しかったのよ。
 まだ試合ってあるんですか?」
「え…? あ、ああ。
 明日は、うちの騎士団以外の2つが対戦する。
 16日は休んで、その翌日からまた、同じ組み合わせ、同じ順番で対戦する事になる」
「って事は、明日は予定入ってないんですか?」
「そうなるな。
 もちろん、やりたい事もあるけど、別に1日塞がってるわけじゃない」
「そっか…」
ポーラはほんの少しだけ考え込んだ。
明日もあるなら見に来ようと思っていたのだが、ジャメルの試合は無いらしい。時間もあるらしい。
ポーラ自身も時間があると言えなくも無い。
彼女の場合は、まず予定を入れて、それ以外は畑で仕事という生活パターンなので、いつもあいていると言っても間違いではないのだが。
(…2人とも時間あるなら、いいですよね…?)
「じ、じゃあ…明日は、どこかに行きたいな」
そう言うと、ジャメルは意外そうな顔でポーラを見下ろした。
「…珍しいな、お前からそういう事言うのは」
「そうですか?」
「今までは毎回、オレが誘っているからな」
「…そう言えば私、今まで『おさそい』自体、した事なかったかも…」
「一度も?」
「一度も」
ポーラは今までの自分を思い返してみた。
子供の頃は友達を誘って遊びに行ったりはしたけれど、これは数に入れる事自体が間違いだろう。
ナルル王国に移住してきて、誰かと遊びに行ったのは、数回だけ。
そのどれもが、前日に誘われて了承したもの。相手次第だった。
つまりこれは…自分からのはじめてのおさそい…?
考えているうちに、ポーラの顔がだんだん顔が赤くなってきた。
「…って、な、何かそう考えるとすごく恥ずかしくなってきましたよ!
 ちょ、ど、どうしよう!」
「どうしようって…。
 お前の『恥ずかしい』の基準は、よくわからないな…。
 誰かを誘う事くらい、たいした事じゃないだろ」
「誘った相手が問題なんですよ…あれ?」
お互いにまだ『そういう事』を言っていない間柄なのに、今、なんだか微妙な失言をした気がする。
普段から話すのは全く苦手ではないけれど、『こういう話』はすごく恥ずかしい。
自分がやらかした事、相手に言われた事、された事で恥ずかしくなるのはよくあるが、これはポーラにとって初めての経験だった。
相手に対して、遠まわしにとは言え好意を伝える事が、こんなにも落ち着かない事だとは知らなかった。
「な、何でオレに問題があるみたいになっているんだ」
…しかし、肝心の相手には伝わっていないらしい。
「そ、そういう意味じゃないんですよ!」
「じゃあどういう意味なんだ」
「何でわかんないんですかー!
 って言うか今理解されても困るんですけど!」
「どうしろと…」
「い、いいの! この話は終わり、終わりで!
 …って言うか無理、もう無理! いやーん!」
いつものように耐えられなくなって、ポーラはジャメルの前から走り出す。
「ポーラ!
 逃げるのはいつもの事だからかまわないけど、
 回答くらいは聞いていけ!」
競技場を出る直前、背後から聞こえたその声に、ポーラは慌てて足を止めた。
確かにそうだ。自分から切り出しておいて、答えを聞かないなんてありえない。
立ち止まり、しばらくの葛藤の後で振り返る。
…ジャメルはまだ、同じ場所に立っていた。
その目はまっすぐにポーラに向いている。それがわかっただけでももう逃げたくて仕方がない。
でも、聞かないわけには行かない。
少しだけ目を晒しながら、おもいきって口を開いた。
「えっと…。
 …ど、どうですか…?」
「明日だろ、行くよ」
すぐに答えが返ってきた。
慌てて視線を戻すと、そこにいるのはさっきと変わらない恋人。
友人に、恋人同士になってからよく見ている、普段よりは柔らかい表情だった。
「え、で、でも、大丈夫なんですか…?」
「何がだ」
「だって、明日はやりたい事もあるって…」
「1日塞がってるわけじゃないとも言っただろ。
 それがわかってるから誘ってきたんじゃないのか」
「そうなんですけど…」
「…断った方がよかったのか?」
「そ、そ、そうじゃないのよ!」
慌ててポーラは首を横に振った。
「それならいいだろ。
 じゃあ明日、いつもどおりでいいんだな」
「う、うん!
 王宮前通りで待ってるのよ!」
そう言って、ポーラは今度こそ競技場を飛び出した。

 

慣れない事をして、まだ恥ずかしいけど。
それでも、明日も楽しい日になりそうだ。
まだほんのりと赤い顔のままで。それでもさっきよりもいい笑顔で、ポーラは走った。
まだポーラ自身には『課題』がある。
昨日は大丈夫だったのに、今日はいつもとは少し違う理由で失敗した。
ここ数日、少しずつ試している事もあるけれど、まだ『攻略』できる気はしない。
でも、少しずつ。
少しずつでも、前進していければいい。
その為にも、まずは、明日も頑張る。

小さな決意を胸に、王宮前の階段を駆け下りた。

 

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照れ隠しと言う名のコメント

シルフィスの金髪女性、ってのはリタさんです。この日はホントにいました。
本命と対抗(笑)が同じ場所で恋人を見てる…怖い空間ですよねココ。もしかしたらそれ以外もいたかもしれないんですが。

連続で書く必要は無いと思いまして、2日目のジャメルさんの活躍は1日目以上にカットしました(笑)。
いいよもう、結果だけでも十分すごかったよ。ホント何してくれたのアンタ。
後、別に「騎士隊の試合サイコー、他のなんてプークスクス」なんて思っているわけではなく、他の試合には他の試合なりの雰囲気ってモンがあって、ポーラが今まで体験してきた他の試合と比べると今回のが圧倒的な盛り上がりを見せていた、ってだけです。
って言うかこの後のポーラは、見に行く試合全てが「ステキ…!」な物になるでしょうし、史実的には来年の最強騎士決定戦が一番盛り上がると思っているんで(笑)。

後、ここでは少し史実も捻じ曲げてます。
ポーラからのお誘いは「ジョシュアさん相手なら」前にもありました。って言うか4回全部そうでした。
ジャメルさん相手も…もしかしたら最初の1回はポーラからだったかもしれない。スクショ残ってないのでチェックできないのですが。
でも、そういう部分については見なかった事にします!

 

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