193年29日:クリート・エルグへの道での話 -星のキモチ-

29日は、国中がいつもとは違う雰囲気に包まれる。
この日は『交環の日』。
各エルグの産物や廃品、特産物を市場や他のエルグへと運ぶ大切な日だ。
今年の頭にAランク入りをし、エルグ長にまで選ばれてしまったポーラは、エルグ副長であるナディア、アンネリースと共にエルグのリサイクル品をクリート・エルグに運ぶ事になっている。
交環の日の作業として、各ランクの作業内容をエルグ員に説明をしたポーラだったが、実はポーラ自身、自分が行くはずのクリート・エルグの位置を知らなかった。
「…ナディアさーん」
作業開始の合図を出した後、ポーラはこっそりと隣に立っていた親友に声をかけた。
「何?」
「一応、エルグ長として言わないといけない事は言ったつもりなんですけど…
 私が行かないといけないクリート・エルグって、ドコにあるんですか?」
「…え? アナタ知らなかったの?」
「ハイ…」
心細げな表情でうなづく。
ナディアはそれを見て軽くため息をついた。
「…まぁ、ポーラは移住者だし。仕方ないわね。
 どうせあたしもアンネリースも行く場所なんだし、ついてらっしゃい」
「ありがとうナディアさん!」
「フフ、ポーラちゃん、一緒に頑張りましょうね」
「アンネリースさんもありがとう!」
頼りになる2人の友人に笑顔を向け、ポーラは自分の運ぶ荷物を受け取りに走っていった。

 

ロークAランクの3人は、仕事上だけでなくプライベートでも仲が良い。
ポーラにとってこの2人は大事な友人だし、2人もポーラを、そしてお互いの事を友人だと認識している。
そんな3人がそろって移動をしていると、当然、他愛ない話が始まるのだった。
この日はアンネリースが切り出した。
「ポーラちゃんの名前って、ちょっと不思議な響きよね」
「確かに、この国ではあまり聞かない名前ね」
アンネリースの言葉にナディアが同意する。
「そうですか?」
ポーラは軽く首を傾げた。
今まで、自分の名前が『珍しい』なんて、思ってもいなかったから。
「ポーラちゃんの国では、普通にある名前だったの?」
「そうですねぇ…」
ポーラは、今はもう帰る事もないであろう自分の出身国に思いを馳せた。
「名前自体は、それほど珍しいものではなかったですよ。
 私の他にも『ポーラ』って名前の方はいらっしゃいましたし。
 でも、私の名前には、ちょっと意味があるんだそうです」
「意味?」

…思い出すのは、はるか遠い、子供の頃の昔話。
幼いポーラを抱き上げた母は、ポーラに向かって優しく語る。
『あなたの名前はね、頭から終わりまで全部合わせると、北天の空に輝く星の名前になるのよ』
『おほしさま?』
『そう。この国の言葉ではなくて、もっと他の国で呼ばれている名前ですけどね』
『ふーん。でも、どうしておほしさま?』
『あの星の周りにはね、いつもたくさんの星がいてくれるでしょ。
 あなたの周りにも、ずっと、たくさんの友達がいてくれるように。
 あなたがずっと、たくさんの人に愛されて幸せでありますように、って思ったのよ』
『ぽーら、いまもシアワセだよ?』
『ええ、そうね。ママもポーラと一緒で幸せよ』
『うん!』
笑顔で抱きつくと、優しく抱きしめ返してくれたあの手にも、あの声にも、もう触れる事はできないけれど。
それでもずっと覚えている。『自分』を表わすモノの意味。

「…そう、ステキな意味があったのねぇ」
ポーラの思い出話を聞き終わったアンネリースは、やわらかく微笑んだ。
「うふふ、ありがとうございますー」
ポーラはいつものようにふにゃんと笑った。そして。
「…でも、北天の星はきっと寂しいのよ」
「…え?」
ポーラの言葉に、友人2人は怪訝そうな顔で彼女を見つめた。
『寂しい』というキーワードが、さっきの話とは相容れないものだったから。
ポーラは誰に伝えるでもなく、独り言のように続けた。
それは、大人になってから、この国に来てから考えた、自分なりの解釈。
「みんな、周りにいてくれるけど、いてくれるだけなの。
 周りを回っているだけで、近づいてはこないの。仲良くなれないの。
 もちろん、他の星だって別の星にくっつく事はできないけど。
 でも、他のみんなは、誰かを追いかけたり追いかけられたりしているのに、
 自分は動けないし、自分の側に寄ってこようとしてくれる星はいないのよ」
「…」
「でもね!」
直前までの、ほんの少し寂しげな表情から一転。
ポーラは笑顔で2人の方を見た。
「私は星じゃないから、自分でみんなのところに行けるのよ。
 誰かを追いかけることもできる。
 だからナディアさんやアンネリースさんと、こうして仲良くなれたのよ。
 それは嬉しいの」
表情も、声も。心からそれを喜んでいるように見えた。

そんなポーラを見てアンネリースは静かに口を開いた。
「ポーラちゃんは充分、『北天の星』だと思うわ」
「…え?」
ポーラは驚いて友人の顔を見た。
アンネリースは優しい瞳でポーラを見返す。
「ポーラちゃんの周りには、いつもたくさん人がいるでしょ。
 そんなところはあの星と一緒」
「でも、それは…」
「あの星は空の中心にいて、みんながその周りを回っている。
 星は何もしないから、周りの星は近付きにくくて、遠巻きに眺めてるだけ。
 ポーラちゃんは違うでしょ? 自分で動いて、みんなのところへやってくる。
 だからみんなもポーラちゃんのところに近づいてくるのね。
 ポーラちゃん自身が、みんなを呼び寄せているのよ」
「…」
ポーラはぽかんとしてアンネリースを見上げた。
彼女の口から語られたのは、自分が思ってもみなかった解釈。
2人の横を歩いていたナディアが苦笑した。
「ロマンチストなアナタらしい解釈ね、アンネリース」
「あら、だってそんな感じしない?
 人が集まる人って、やっぱりそれなりに理由があるわ。
 ポーラちゃんは確かに自分から積極的にみんなと関わっているけれど、
 それだけじゃ大通りの掲示板に『人気者』として名前が載るわけないじゃない。
 載ってるって事は、つまり、そういう事よ」
「その『誰かを引き寄せる要素』が、あの星と一緒だって事?
 まぁ確かに、ポーラにそういう部分があるのは否定しないわね」
「でしょ?」
「あ、あ、アンネリースさーん」
耐えられなくなったポーラは、思わず友人の名を呼んだ。
自分でもわかる。今は多分、ありえないくらいに真っ赤だ。
「あら、なぁに?」
「そ、そういうはずかしい事言うのは、きんしですー!」
相当慌てた様相のポーラを見て、2人は噴出した。
「フフ。ポーラちゃんは、こういうところがカワイイのよねぇ」
「だ、だからぁ!」
「ポーラ、アナタの最初の発言も、大概だったわよ。
 『星はきっと寂しいのよ』だっけ? アンネリースといい勝負ね。
 …アナタ達の話聞いてるだけで、あたしは恥ずかしくなるんだけど」
「ええーっ?」
「そんな2人と友人やってるんだから、
 ナディアにもそういう事言える素質があるのかもしれないわよ」
「ちょっと、本気でやめてよ」
「いいじゃない、試してみたら?」
「オコトワリ!」
そんな騒々しいやり取りを繰り広げながら、3人は王宮前大通りへと差し掛かった。
ここまでは他のローク・エルグ員と辿るルートは同じだが、ここから王宮方面へ向かうのはAランクの3人だけ。
目指すクリート・エルグまでは、もう少しだ。

ナディアとのやり取りを切り上げ、アンネリースがポーラに呼びかけた。
「…ま、それはともかく。
 ねぇポーラちゃん」
「ハイ?」
「ポーラちゃんが今、熱烈アタックを受けてるっていうシルフィス・ティルグの男の子も
 やっぱり何かそういうところを感じ取ったんじゃないかしら」
さっきまでの話に絡めて、いきなり別の話を振られたポーラは、軽く動揺して石畳に足を取られかけた。転びそうなところを危ういところで踏みとどまる。
「な、なんでソレ知ってるんですか?」
「あらそれ、あたしも聞いてるわよ。結構有名な話。
 『ロークの小さなエルグ長がシルフィスの騎士につれない』って」
ナディアまで話をあわせてきた。
年上の友人2人に最近の事を突っこまれて、ポーラはかなり動揺した。
「な、ナディアさんまで?」
「それだけアナタは目立ってる、って事よ。
 何か相手に不満でもあるの?
 ちょっとくらい付き合ってあげれば良いのに」
ナディアの発言に、ポーラは軽く視線を落とした。
「え、不満はない、と思います。
 って言うか正直、まだ良くわからない…。
 それにやっぱり私、『おためし』ってちょっと抵抗が…」
そんなポーラの躊躇を、ナディアはバッサリと切り捨てた。
「そんな事言ってたら、この国では『誰か』を見つける事は難しいわよ。
 そりゃうまい具合に最良の相手にだけめぐり合える可能性もあるけど。
 どっちにしても、自分と相手の相性が良いか悪いかなんて、試してみなきゃわからないじゃない」
「重いわね、ナディア」
「そりゃ、あたしだって昔はいろいろとね。もちろん今はないけど」
「そうよね、今はかわいい男の子までいるものね」
「そりゃベネットは可愛いわよ。
 こんな年になってからできた子だし。
 …あたしの事はどうでも良いじゃない。今はポーラの事」
アンネリースの茶化しも軽くいなして、ナディアはあらためてポーラに視線を戻した。
「まだ前のオトコの事引きずってるの?
 それこそ『試してみてダメだった事がわかった』典型じゃないの」
「べ、別に引きずってる訳じゃないですよ!
 それにジョシュアさんとは、お付き合いをしていたっていうのとは何か違う気がするんですけど」
「アナタがどう思っていようが、実際のところはそうじゃないの。
 要は、今回のもダメだってわかったら、また別を探せばいいだけ。
 やる前から可能性を潰してたらダメよ」
「ポーラちゃんはまだ若いんだから、たくさん試して、たくさん失敗する事も大事なのよ」
優しさの違う2人に、たきつけられ、励まされた。
2人の言っている事もわかる。
今、『あの事』を止めているのは自分。
逃げていても、何も変わらない。待たせていても、どうにもならない。
不安はある。
不満はわからない。
そして、それ以上にあるのは、興味。
どういう人なんだろう。
今年初めに初めて会って、その後時々話をした。
なんだかよく話すようになったのは、エナの日から。
口数は少ない方だけど、眼鏡の奥の瞳はいつも真剣で。
本当は、『答えられない自分』を不思議にも思っていた。
だから。

「…うん…もう少し前向きに考えてみます…」

ポーラはやっと、それだけを口にした。
今はこれが精一杯。
ナディアはそれを聞いて、軽くため息をついた。
「…ま、今はこんなところかしら。
 ポーラ、ホントにちゃんと考えなさいよ?」
「う…。
 が、がんばりますー…」
「大丈夫よ。お母様のくれた名前がポーラちゃんを守ってくれるから。
 そんなに悪い事にはならないわ。
 頑張ってね」
「は、はい…」
そうして3人は、クリート・エルグへと連れ立って入っていったのだった。

 

ポーラの運命が動き始めるのは、5日後の事。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です