194年15日:王宮前大通りの話-当惑-

明るく暑い日差しが降り注ぐこの日、ポーラは朝から王宮前大通りにいた。
前日の試合後に約束したので、今日はジャメルと2人で出かける予定が入っている。
毎朝、挨拶とちょっとした会話はしているが、2人で出かけるのは数日振りだった。
今まではポーラから誘うという事がなかったし、ジャメルは、試合のある日は誘ってこない。
仮に誘えたとしても、ポーラは試合の日のジャメルの邪魔はしたくなかった。
掲示板横のベンチに座り、大通りを通る人たちと挨拶を交わす。
しばらく待っていると、西公園の方からポーラを呼ぶ声がした。
声の方を向くと、彼女の元へと歩いてくる長身のシルフィス・ティルグ服の男性が見えた。
彼はそのままポーラのいるベンチまでやってきた。
「待ったか?」
座っていたので、いつもよりもずっと高い場所から声が降ってくる。
「ううん、あんまり待ってないのよ。いつもと一緒」
見上げてふにゃんと笑う。
顔を上げて、目に飛び込んできたのは、彼の背後の空の色。
その鮮やかな明るさに負けて、軽く目を細めた。右手で顔に影を作る。
「…暑くなってきましたねぇ。
 日差しが前よりもまぶしくて、暑いです」
「そうだな」
ポーラの視線を追って、ジャメルも空を見上げた。帽子のつばが顔に影を落とす。
「あ、いいですねそれ」
「…何の話だ?」
「帽子です。
 こんな日でもまぶしくないのよ」
そう言いながらポーラはベンチから立ち上がった。ほんの少しだけ、近くなる。
立ち上がったポーラを見下ろし、少しだけ考えたジャメルは、
「…少し、貸してやる」
「ふわっ!」
帽子を取って、バサッとポーラにかぶせた。
いきなりかぶせられた帽子は、ポーラには少し大きくて、深くかぶりすぎてしまう。
慌てて調整すると、広いつばで、視界が暗くなった。顔全体が影で覆われる。
かぶったまま、ものめずらしげに辺りを見回していたポーラだったが、すぐに残念そうな顔で帽子をジャメルに差し出した。
「…ありがとうございます。
 でも、もうお返しするのよ…」
「気に入らなかったのか?」
「ううん、まぶしくないからすっごくいいんですけど、
 私、目線が低いから、
 大きな帽子をかぶると上の方が全然見えなくなっちゃうんですよ。
 逆に、危ないかなぁ、って」
「そういうものなのか。
 小さいと、そういう不都合もあるんだな」
ジャメルは長身ゆえに、そんな問題があるとは想像もつかなかったらしい。
不思議そうな顔でポーラを見ると、差し出された自分の帽子を受け取った。
渡す前と同じようにかぶりなおす。
そして、あらためてポーラを見下ろした。
「日差しをさえぎる事ができないのなら、少しでも涼しい方がいいだろ」
「そうですね。その方が嬉しいかも」
「日陰になりそうな行き先は…不都合がありそうな場所だな。
 …じゃあ、今日は、水辺にでも行くか」
「水辺?」
「特に準備もないし、テト海岸でいいな」
そう言うと、ジャメルはいつものようにさっさと先に歩き出した。
(不都合?)
直前の発言に、ポーラはほんの少しだけ違和感を感じた。
だが、その後で提示された場所を聞いてそんな事はどうでも良くなってしまった。
テト海岸。
それは、ポーラがたまに貝を拾いに行く場所。
初めて暮らしたシンザー区に、最も近い海。
毎年バフカがこのナルル王国に最初に訪れる場所でもある。
ポーラはかつて、別の相手と行った事がある。
本当の意味で何も知らなかった当時、誘われるままにあの場所に行って。…どうしてもそんな気になれなくて、『そこから先』を躊躇した。
そう、あの場所は、この国では違う意味も持つ。
仲睦まじい夫婦も、結婚間近な恋人達も。おそらく1度はあの場所へ行っている。
でも今回、彼はそういう意味で行き先を選んだのだろうか。そういう意図はあるのだろうか。
…もしそうなら。その時自分は、どうするのだろう。
その場で少し考え込んでしまい、動かないポーラ。
ついてくる気配を感じなかったのか、先行していたジャメルは立ち止まり、振り返った。
先ほどの場所から動かないポーラに声をかける。
「どうした、行かないのか?
 …それとも、他の場所がいいか?」
「う、ううん、行くのよ。
 こんな日に潮風に吹かれたら、すごく気分良いかもしれないですよね」
考えるのは少しだけ先延ばしにして、ポーラは慌てて彼の元へと走り寄った。

いつも遊びに行く時のように、2人で歩く。
それまではずっと、ロークス港から船でシーラル島へと向かっていた。
今日は港前を左へ曲がる。普段とは違う行動に、ほんの少しだけ動揺する。
ポーラは、前を歩く男を見上げた。
少なくとも、普段とさして変わった様子は見られない。
(そういえば、ジャメルさんとロークス島内に遊びに行くのは、初めてですよね…)
ジョシュアと名ばかりの恋人同士だった時に、ポーラはジョシュアから聞いた事がある。
付き合い始めたばかりの2人がシーラル島に遊びに行くのは、いくつか理由がある、と。
シーラル島の特に古城側は、普段からひと気が少ないので、基本的に他人に邪魔されないから。
普段とは違った場所に行く事で、普段とは違った一面を見る事ができるから。
そして、まだ自分と相手が付き合っている事を公表するのに、ためらいがあるから、と。
何故ためらうのかと聞いたら、「そりゃまぁ、まだその相手とは『おためし』なんだし、…ちょっとは気兼ねするだろ、他のお嬢さんたちにさ」と、なかなか最低な返事を返された。
そんなのはジョシュアだけなのかと思っていたが、この国は同時に複数の異性と交際する事も当たり前によくある。もしかしたら、一般的な感覚なのかもしれない。
もしそうなら。
ロークス島で遊ぶのは、逆に自分と相手の関係を公表する事にためらいがない、という事になるのだろうか。
そこまで考えて、ポーラはこの考えを否定した。
(…ジョシュアさん言ってましたよねぇ。
 私たちは『結構有名』だって)
それは、2人のそれぞれの立場が理由もあるし、一番最初にポーラ自身が『人前でやらかしてしまった』(この記憶を、穴を掘って埋めたい気分でいっぱいだ)からでもある。
そんな状況で、公表も何もない。
むしろ「うわさになっているのだから、今更どうでもいい」と思ったのか。
(なんとなく、ジャメルさんの場合は後者の気がしますよね…)
前を行く男を、あらためて見上げる。
少なくとも、普段とさして変わった様子は見られない。
まだ、彼の真意は、見えない。

もし『あの場所』へと向かう理由がそうなら。
その時自分は、どうするのだろう。

 

« 
 »


 

***

照れ隠しと言う名のコメント

一応補足。
1.日陰のある不都合な場所=妖魔の森。
もっと後にプレゼント持って行くならともかく、いくらなんでも駄目すぎる(笑)。
2.特に準備がない=ほとりの広場に行けない。
…えぇこのオトコは『デート関連アイテム』を持って待ち合わせ場所に現れるなんて事はただの1度もなかったわけですが。
なので、ほとりの広場も、結婚前の天空の道も、婚約中の妖魔の森も行ってないわけですが!
他のデート場所だって見たかったよジャメルさん!

 

« 
 »


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です